この知恵で考えられること
1. 「一緒にいる時間は、もっと自分のために使ってほしい」と要求される。 2. 「君ならもっとできるでしょ」と、実力以上の期待をかけられ続ける。 3. 仕事の相談をしているつもりが、いつの間にか「指摘する人」と「叱られる人」の会話になる。
- 「一緒にいる時間は、もっと自分のために使ってほしい」と要求される。
- 「君ならもっとできるでしょ」と、実力以上の期待をかけられ続ける。
- 仕事の相談をしているつもりが、いつの間にか「指摘する人」と「叱られる人」の会話になる。
こういうことが、相手が変わっても起きる人がいる。
もちろん、要求することや、冷たい言い方をすることを選んでいるのは相手だ。
ただ、少し不思議なのは、その相手が誰に対しても同じように振る舞っているとは限らない一方で、扱われる側は相手が変わっても似た関係になることがあるということだ。
理由は一つではない。
- 似た役割や上下関係に置かれていることもあれば、
- 相手や組織の問題が続いていることもある。
その中で、もう一つ観察できるものがある。
- 自分と相手の間で、どんなやり取りが繰り返されているのか。
- そのやり取りによって、次はどのように接するのがよいと、お互いが考えるようになっているのか。
一つひとつの行動には、ちゃんとメリットがある
心理学には、これを考える手掛かりとして「対人相補性」という考え方がある。
- ある人の振る舞いが、相手の対応する振る舞いを引き出しやすい、というものだ。例えば、支配的な振る舞いと、それに従う振る舞いが組み合わさり、やり取りの型が維持される。
- APA辞典
関係は、それぞれの人が元から持っている性格だけでなく、二人の間で起こる応答からも考えられる。
この話が厄介なのは、本人がわざわざ嫌な関係を選んでいるわけではないことだ。
- 過剰に期待されたときに、「期待してくれているんだから応えよう」と頑張る。
- 自分との時間を優先してほしいと言われて、「不安にさせたくないから」と予定を変える。
- 強く責められれば、これ以上揉めないように謝る。
- 期待に応えれば喜ばれる。予定を変えれば安心してくれる。
- 謝れば、その場の圧力が収まる。
どれも、その瞬間の対処としては理由がある。
長期的には欲しくない関係につながる行動が、短期的にはちゃんと役に立ってしまっている。
- 学習心理学では、行動の結果として不快な刺激が取り除かれたり回避されたりし、その行動が増えることを「負の強化」と呼ぶ。
- 強く言われたときに従うことで圧力が収まり、その経験から次も従うようになる、というのはその一例として考えられる。APA辞典
同じ場面で、相手にも「強く要求すると応じてもらえる」という経験が残るかもしれない。
ここで区別したいのは、
- その行動が何に役立っていたか
- 本人がどんな関係を望んでいたか
これらは別だということだ。
その場をしのぐ方法として残っているからといって、叱られることや、行動を制限されることを望んでいるとは限らない。
その場を終えたつもりでも、次の会話の前提ができている
一回のやり取りには、二種類の結果があると考えられる。
- その場で何が進んだか。
- そして、次回どう接すればよいと、お互いが考えるようになったか。
例えば、仕事の不足を指摘されて、「すみません、直します」と返し、修正も終えたとする。
本人にとっては、その件は終わっている。
しかし、相手には別のものが残る場合がある。
- 「最初から細かく確認しないと、抜けが見つからない」
- 「普通に伝えるだけでは、対応されたか分からない」
こうした予測を持てば、
- 次の会話は、話を聞くところからではなく、不足を探すところから始まるかもしれない。
- 本人もそれを感じ取り、相談や判断より、「怒られずにこの場を通過すること」に注意を向ける。
- その応答が、相手には消極的に見える可能性もある。
- 相手についての予測が接し方を変え、そこで引き出された反応が元の予測を補強する。
こうした循環は、心理学の「行動的確証」という概念でも扱われている。APA辞典
もちろん、相手が実際に何を考えているかは、確かめない限り仮説だ。
ただ、関係を観察する問いとしては、
- 「今回も怒られた」だけでなく、
- 「今回のやり取りで、次回はどう接するのが有効だと伝わっただろうか」
ここまで広げられる。
その場は収まったけれど、次回はさらに細かく確認されるところから始まる。
反対に、未完成の仕事を持ち込んでも、足りない部分と進め方が共有されれば、次は相談しやすいところから始められるかもしれない。
関係は、会うたびに白紙に戻るわけではない。
例:企画の現在地を共有する
仕事の場面で、このずれが起きる場所の一つが、成果物の出し方だ。
「企画を考えてきました」と言われたとき、聞き手はどこまでできていると思うだろう。
- 方向性を三つ出した段階なのか。
- 効果や費用を比較した段階なのか。
- 実施案を選び、承認を求めている段階なのか。
同じ言葉でも、想像する現在地は違う。
- 比較検討まで終わっていると思って質問したら、予算は未検討だった。
- 次の質問で、実施時期もこれからだと分かった。
- さらに聞くと、そもそも候補を一緒に考えたい段階だった。
この場合、検討が途中であることに加えて、途中であると分かるまでに、何度も期待を修正する時間が生まれている。
私はこれを、「企画くんの現在地詐欺」と呼んでいる。
自分がどれだけ頑張ったかを本当に聞きたい人はいない。
いま目の前にある企画は、何が決まっていて、何が分からず、次に何をすれば進むのか。
例えば、冒頭でこう置く。
方向性は三つ出しました。効果と工数の比較はまだです。 今日は、比較する観点と、次回までに私が調べる範囲を決めたいです。
これなら、参加者は何に時間を使えばよいかを判断できる。
これは「何でも上手くできていないように低く見せておけばよい」という話ではない。
あなたが言った言葉によってその場で生まれた、「相手の頭の中での想像の像よりもしょぼい」という期待と落胆劇場により、あなたが出してくるものへの見方を学習させてしまう。
自分を直すことと、自分の生きやすさをつくること
同じ失敗を繰り返していると、「この特徴をなくさない限り、どこへ行っても同じだ」と考えたくなる。
けれど、ここで一度、すぐには直せない前提で考えてみたい。
- 見落としが今後も起きるとしたら。
- 自分では気づきにくい言い方が、また出てしまうとしたら。
そのたびに、長い反省会と関係の悪化まで起きる必要があるだろうか。
「自分を直さず、自分の生きやすさをつくる」という側も、並行して考えられる。
自己改善をやめるのではなく「改善し切るまで働きやすさを保留にはしない」ということだ。
「指摘し続ける人」と「叱られる人」から、
「発見する人」と「修正する人」という協力の形に変われる余地はないだろうか。
ただし、何でも監視してもらうという話でもない。
- 例えば対象を未回答の質問や未確認の数字などに絞り、知らせ方や対応の範囲を決める。
- 慣れてきた部分は自分の確認手順に移し、支援が必要な範囲も見直す。
以下に問題の指摘者ではなく、問題の共有者になるかで態度と学習は異なる。
人物像ではなく、起こり方を観察する
「私は人を怒らせる人間だ」
「あの人は細かい人だ」
こうした説明は分かりやすいが、それだけでは次に何を変えるかが決まらない。
もう少し小さく、一回の会議、一つのメッセージ、一つの指摘まで戻ってみる。
- どんな状況で、何を出したのか。
- 相手は何と言ったのか。自分はどう返したのか。
- その後、仕事と関係はどうなったのか。
出来事、そこからの解釈、実際に受けた影響を、分けて置いてみる。
- 「質問を三回された」は出来事。「信用されていない」は解釈。
- 「その後も気になって作業が進まなかった」は影響だ。
- 解釈がまだ確かでなくても、受けた影響までなかったことにする必要はない。
似たことが起きた場面だけでなく、起きなかった場面も材料になる。
- 同じ相手でも、探索的な相談ではどうか。
- 文章で先に共有した場合はどうか。
- 別の相手でも、同じ役割や会議形式だったのか。
- 落ち着いて確認できる条件でも同じ抜けが残るなら、仕事の技能や手順を見直す材料になる。
- 準備水準や分担を明確にしたら進めやすくなるなら、その共有に変更の余地があったと考えられる。
信頼できる人と会話を再演するのも良い。ただし、その人の印象が唯一の正解になるわけではない。受け取り方の候補を増やすために使う。
そこから、小さく「観察し、試す」。
全部を一度に変えるより、変更したことと結果の対応が見える方が、次に使いやすい。
見るのは、自分と相手の負担はどう変わったか。何も言われなくなっても、単に任されなくなったのなら、望んだ変化とは違う。
関係を改善する目的は、相手を満足させ続けることではない
嫌な扱いを受けたと認識することと、自分のために対処を考えることは両立する。
目的は、相手に好かれることでも、何を言われても気にならない人間になることでもない。
「頭の自由と体の自由」を、どれくらい取り戻せるか。
翌日の叱責を先回りして考える時間が減り、やりたい仕事や、関わりたい人に注意を向けられる。そのために使える方法が増えるなら、調整を試す意味がある。
自分を別人にすることと、今の扱われ方を受け入れることの間には、まだ変更できるものがある。
自分が期待する結果と、実際に生まれている影響を、少しずつ一致させていく。
そのために、まず一つのやり取りを見てみる。
- 相手の最初の一手にどう返したのか。
- その後、何が進み、何が次回に残ったのか。
そこが分かれば、「また同じだった」という経験も、次にどこを変えるかを考える材料になる。