この知恵で考えられること
- 生態系や組織における持続性を考察しているまとめです。 - 学問的なアプローチというよりは、実用的な範囲での抽象化を意識して構造化してみています。 - プロジェクト・会社・家族を例にケースを記載しています。 - 終盤では、生態系のレベルを区分けしてみた整理を書いています。
概要
書いている内容
- 生態系や組織における持続性を考察しているまとめです。
- 学問的なアプローチというよりは、実用的な範囲での抽象化を意識して構造化してみています。
- プロジェクト・会社・家族を例にケースを記載しています。
- 終盤では、生態系のレベルを区分けしてみた整理を書いています。
基本的な概念図
生態系は4つのアクションで構成されています。
その行為の充足度合いが生態系の安定の基礎となります。
図:生態系のアクション
図:それぞれの行為の概要
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貢献したい課題感
「なんか前より、豊かさも良さも減ってきた気がする。」
どこかにあるこんな感覚の方、その生態系のためになればと思い言語化しています。
私見ですが、そんなときは、
生態系の土台を疑う必要があると思います。
"共有"の定義を狭めてはいけない
生態系の根底にあるものは、 共存よりも協力よりも"共有"です。
情報の共有は、共有の中でも一部。 情報を扱うことはとても難しい。 読めるだけ、わかるだけでは機能しません。
情報が共有されていることだけで、 成り立つ生態系はほとんど存在していません。 (パソコンたちくらいかな)
共有のことを"情報共有のことだ"と、狭い理解を続けてしまうと「人間という生き物が属する生態系」すらも理解は難しくなります。 それを整えるこもまた難しくなります。
協力主義の組織は簡単に共有を軽んじてしまう。 共有していないことそのものに無自覚になりやすい。
優しくしようって話でもなく、 しっかり共有することが根底にある。
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あるあるな4つのケース
ケース1.「プロジェクト型で集まって始まる何か」
例:町おこしや地方創生プロジェクトなどのイメージ。
"協力"の内容が明確な状態、そこから始まる共同体の1つだと思う。
協力を進めていく中で、協力が進捗が出ている過程で、何がどこまで共有状態にあるかが重要。
その内容、項目が浅い/少ない場合にはある種の一過性のエンターテイメントとして思い出として消費され始める。
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ケース2.「少数で突き抜けて生まれたベンチャー」
例:驚異的なコミット力や、時代との相性がよかった結果として生まれる毎年何社かは生まれる数十億~150億前後のベンチャー企業などのイメージ。
"共有"可能な資源が残されていて、"協力"主義になりやすい状態。
一歩間違えれば、共有や協力のない都合の良い共存の場になり得る。
共有可能な資源は比較的リッチです。
ブランド/製品/価値観/資金
協力者/ステークホルダー、など。
ただし、
・事実として残されている状態
・共有資源として使い合えている状態
この2つは異なります。
共有されることは、
必ずしもメリットばかりではないです。
仕事の責任、問題ごとに起きる感情の消耗
解のない悩み、組織に訪れている出来事。
基本的には全体が酸いも甘いも
共有され続けながら分担を進める必要がある。
曖昧なままに忙しく忙しなく、
協力ばかりが積み上がっていくことが起きやすい。
経営やリーダーの役割は、協力や共存の質にリスクがある状態ならば、「この組織は何を共有できているのか?」を洗い/見つめ直すタイミングなのではないかと思う。
今行えている共有内容の上にしか、
安定的な協力が生成されることはない。
その対処をしない状態が続くと
自己都合を満たすだけの便利な法人になり始める。
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ケース3.「良い場・概念・仕事だったのに、失われていく共同体」
例:出版、自治体、学校、地域活動、NPO、長く続いた友情、職能集団などのイメージ。
大切にしていた価値観があり、
守りたい景色があり、
共に扱っていた問いや仕事がそこにあった。
いつの間にか、協力の手順だけが残っている。
この状態が続くと、
外側だけを保ったまま疲弊していく。
問題は、協力不足でも、共存の崩壊でもない。
多くの場合、問題はもっと静かに起きている。
このケースは「最初から空っぽだったわけではない」だからこそ辛い。
失われていく過程が苦しく「共有の更新」をみんなしてサボっている。
過去の当事者は、受け入れられない難しさに向き合って、必死に共有を更新しながら、その居場所を作っていたんではなかろうか。
必要なのは「昔に戻ること」ではなく、
今の現実に対して、もう一度共有を更新すること。
- 今、何を大切にしているのか。
- 今、誰のどんな現実に向き合っているのか。
- 今、この仕事や関係は何を守っているのか。
- 昔は共有できていたが、今は共有できていないものは何か。
- 今の自分たちには、もう共有できなくなったものは何か。
良かった共同体ほど、「過去」ばかりを共有し続け、
その良さに支えられてしまう。
それほど、力強い系譜であり、
その上でサボっているのである。
かつて豊かだった共同体は、
共有を更新できるかどうかは、
成長ではなく存続のための論点。
- 再生する場になる
- 思い出の場になる
思い出の場として残る限りに味わう
という判断もとても良い英断としてもちろんある。
「再生しなければいけない」という
"強迫観念を振り撒くリーダー"は、
やや現代のベースプロトコルには合わない。
その道を行くならば、しばらくは
孤独な救済者になる可能性も、
踏まえて動きつづける必要がある。
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ケース4.「生まれ持った家族・ノリで始まった会社や集団」
例:家族、地元の友人関係、学生時代の仲間、勢いで始まった会社やチームなどのイメージ。
明確な目的や協力内容から始まるというより、
先に“共存っぽさ”がある共同体。
このタイプの難しさは、
**共有されているようで、実は共有されていないもの。**それが多すぎること。
隠しているというよりは、
お互いに実態が何もない上でも
「共有できている」という感覚に
過度になってしまいやすい。
そのままに、
年を経たり時間が経って何かの協力が始まると、
共有の確認を飛ばしたまま、
協力や責任だけが発生しやすい。
その典型例が介護問題に現れる。
この状態が続くと、
共存は安心ではなく癒着になり、
協力は自律ではなく甘えや押しつけになる。
共存らしさがある集団ほど、
お互いのためにも、都度都度、
改めて問い直す必要がある。
それの行為は脅迫でも揉め事でもない。
共存から始まった共同体は、
共有へ"降り直せるか"どうか。
それ次第で持続する場になるか、
消耗する場になるかが分かれる。
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組織/生態系の次元
全体像
全体の発達推移。
売り上げや成果との関連性よりは、
生態系の持続性を基軸としています。
各段階の概要
ざっくりとした概説です。
6段階でもありつつ、壁が4つほどある印象です。
Lv.0 偶発的集合
場所だけ同じ。共有・協力・共存・継承はまだない。
Lv.1 消極的共在
一緒にはいられるが、共有や協力は弱い。
深まらず、動かない。
==協力の壁==
Lv.2 機能的協力
役割や目的で動けるが、共有と共存が弱い。
取引・分担になりやすい。
==共有の壁==
Lv.3 共感的協働
同じ景色を共有し、そこから自然に協力が生まれる。
==共存の壁==
Lv.4 包摂的持続
違い・弱さ・揺らぎを含めて、成果が出ない時も続けられる。
==魅力の壁==
Lv.5 文化的継承
やり方・美意識・判断基準が、個人を超えて残り始める。
Lv.6 生成的連鎖
ひとつの場を超えて、次の場・次の担い手・次の問いを生む。
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あとがき
個人的な考え方
以降は整理というよりは、私的な考え方です。
自責でも他責でもなく、 みんなの生態系をみんなで直す・よくする。
それでいいと思っています。
脆い生態系の上には、 既得権益もなければ持続性もない。 だからこそ、それをちゃんと直すことは、 利己と利他が元から共存している。
いい生態系から全員が受け取れる、 そういったものがあることは、 おそらく普遍的な事実。
仕事だけでなく生態系に対する協力が なくなった組織から衰退している。
意外とシンプルな話に見えています。