この知恵で考えられること
せっせと真剣に、未来の対策をしているフリをしながら、ずっとそうやって生きていた。
見えない自由が欲しくて、 見えない銃を撃ちまくる。
train train/THE BLUE HEARTS
まだ手に取れない架空の問題に、生き急いでいるのは自分だけだった。
|
|
|
|
公益だろうと主観だろうと、
創造だろうと生活だろうと、
積極的な現実へ、何処もかしこも向かっていた。
だから、大丈夫。
私も周囲もそうなっている。
時代の恩恵と圧力で、ますますに大丈夫。
全ての生き物は、
体験から変化していける。
|
|
|
|
自分や誰かがどうしようも無くなる時は、多分これからも都度、訪れる。
その度に、気付いて、どうにかすれば良い。
せっせと真剣に、未来の対策をしているフリをしながら、ずっとそうやって生きていた。
こんなにも、みんな気付けるならば、何を事前にしておくことがあるんだろう。
この世の一番の浪費とは、親切な対策なのかもしれないと思った。
|
|
|
|
だから、私は自分に集中する。
簡単にいえば、もっと面白い方に行きたい。
自由で、開かれていて、触れる、プレイアブルな現実を、自分の目と手で確かめることで、改めて世界を信頼できた。
世界と自分、現在と未来を、いずれも、等価に信頼できていて、いずれも、同様によくわかっていない。
10歳のような、19歳のような感覚。
世界が自分のモノであり、世界が友達のモノでもある。そんな矛盾を明らかに無視できる。
私が知っている私の中で、このモードが最強だと、私は体験から知っている。
感じられ手に取れないモノ、目と手で見えないけれど確かにあるモノ、そこに向かって何も分からずに自分を動かしたい。
|
|
|
|
「面白い方へ行く」ということだから、自分の持ちモノは、あんまり通用し無くなる。
面白い方へいけるならば、持ち物を活かしたいという気持ちなんてない。
自分が時代の遺物になり始めている。
それにもきっと怯えている。
いくつかの所有から、しっかりと手を放して、
手を余らせ、新しいモノを掴みどっていきたい。
全てが変わるかもしれない 蜘蛛の糸をよじ登って 認め合った僕らは 時代も背景もそぐわない 遺物なんだと思い知った
雨上がりに見た幻/the pillows
|
|
|
|
自分として、世界にとっての手段として、どこかに行く。それを楽しみ、それは伝わる。
この全体感を信用している。
だから、他人を手伝っている暇がない。
足りないから今はあげれない。