この知恵で考えられること
2023年、Guardianに「26人の女性が暮らす共同住宅」の記事が掲載された。
議論の始まり
** 人間の暮らし方を考え直してみる **
新共生型取り組みは、なぜ女性専用アパートに収斂進化しやすいか
2023年、Guardianに「26人の女性が暮らす共同住宅」の記事が掲載された。
ロンドン北部にある New Ground というコーハウジングだ。
58歳から94歳までの女性26人が、それぞれ独立した住居を持ちながら、共有空間や庭を共同で運営している。
記事で最も印象的だったのは、住民の言葉だった。
We look out for each other; we don’t look after each other.(私たちはお互いを見守る。でも介護するわけではない)
この一文は、高齢者住宅の話というより、人間の暮らし方そのものについての話に見えた。
前例の持つメカニクス
** 孤独と依存のあいだ **

現代社会は不思議な構造をしている。
人は、
- 一人で生きたい。
- しかし孤立したくはない。
- だから家族をつくる。
- ところが家族は時として依存関係を生む。
国家や福祉制度も同じだ。安心は得られるが、自律性を失うことがある。
すると人は、
- 孤独
- 依存
の二択のような状況に追い込まれる。
New Ground が面白いのは、そのどちらでもない場所を作ろうとしていることだ。
見守る。しかし管理しない。
助ける。しかし抱え込まない。
これは介護施設というより、自治の実験場に近い。
** 一緒に暮らすことと、一緒に生きることは違う **
我々が議論をしている最中、江國香織の小説の一節が共有された。
一緒に暮らすことと一緒に生きることは、必ずしも同じじゃない。
これは共同住宅の本質を突いている。
多くの人は、
共同体→共同生活→共同住宅
だと思っている。しかし実際には逆だ。一緒に住めば共同体になるわけではない。
むしろ、
一緒に生きたい→一緒に創りたい→結果として住む
なのである。
New Groundが18年かけて作られたという事実は象徴的だ。
彼女たちは18年かけて建物を建てたのではない。18年かけてコミュニティを学習した。

前例の背景
** 女性専用は思想ではなくガバナンスかもしれない **
ここからが本題である。
なぜこうした実験や施設的取り組みは女性専用に収斂しやすいのだろう。
ネットではよく、男性排除だ・多様性がないという議論になる。
しかしこのイギリスの記事を読むと少し違う。問題は思想ではなく運営だった。
共同生活には膨大なコストポイントが発生する。
- 衛生基準
- 騒音基準
- 時間感覚
- 家事分担
- 安全感覚
- コミュニケーション様式
こうした差異は、人数が増えるほど自治をしていくためのコストが大きくなる。
自治とは自由ではなく運営である。
この前提に立った時、共同体は自然に、「どの差異を残し、どの差異を減らすか」という問題に直面する。
女性専用は、その解のひとつとして現れる。
つまり、排除ではなくひとまとまり/境界の設計なのである。

** 多様性とは、混ぜることではない **
この話はジェンダーを超えている。
水槽を想像してみる。
魚もエビもカニも全部同じ水槽に入れれば多様性になるだろうか。
たぶんならない。競争が起きる。弱い種は消える。
生態系設計における多様性の世界は
- 棲み分ける
- ニッチを作る
- 接続する
が基本になる。

興味深いことに、人間の共同体も具体的な共生を目指した結果として成立している事象として同じように見える。
女性棟。高齢者棟。創作者棟。子育て棟。
それぞれが自治しながら存在し、街やネットワークで接続する。
建物単位では均質。街全体では多様。
この構造の方が、巨大な混住共同体より持続可能なのかもしれない。
一次視点への再解釈
** 収斂進化した先にあるものは女性専用住宅ではない **
ここで気づく。
世界各地で起きている収斂進化は、女性専用住宅への収斂ではない。
本当に収斂しているのは、「境界を持ちながら接続する共同体」への収斂である。
女性限定はその一例に過ぎない。

本質は、孤立せず依存せず自立したまま接続できること。
そのための境界をどのように設計するか。
New Ground が投げかけている問いは、
高齢者住宅の話ではなく、これからの人間の暮らし方そのものについての問いなのだと思う。
参考
以下、総合概念図

