この知恵で考えられること
生成AIまわりは、どこかゴールドラッシュのように語られることが多いです。
前提
ゴールドラッシュではない
生成AIまわりは、どこかゴールドラッシュのように語られることが多いです。
今乗れば一気に当たるとか、これさえやれば働かなくてよくなる、といったニュアンスです。
そういったノリでのめり込んでみることはめっちゃいいと思ってます。
ただ実態としては、金を掘り当てていくお祭りのような、その類いのものとはかなり違うと考えています。
いわゆるゴールドラッシュは、当たればその後の一生の労働が不要になるような構造がありました。
生成AIはそうではなく、むしろ電気やインターネットのように、全員が使う前提としてのインフラの追加に近いです。
つまり、何か特別なチャンスというよりも、前提条件として全体に組み込まれていく性質のものです。
生成AIをちゃんと会社が扱うための仕事は生まれているので、そういった部分を支える業界は生まれています。
ただし、生成AIを使ってプログラマーになろう・デザイナーになろう(今稼いでいる専門職にすぐなれるよ)という謳い文句には少し注意が必要だと思ってこれを書いています。
役割
生成AIはツールではなく、人の基礎能力の拡張する存在
「生成AIを用いたツール」は大量にありますが、ITが使われていないサービスがあまりなくなっているようにいずれにも何かしらの形式で組み込まれている状態になります。
その上で、生成AIという存在そのものが、人間に対して、どんなインフラとして、どんな能力拡張をもたらしているのかをまとめます。
4つの基礎能力の拡張
生成AIという名前自体が少しミスリーディングな気もしています。
アウトプットを様々なモノが出せるという意味では「生成」という主旨は間違っていないですが、大規模言語モデルという「脳みそ」を安価に様々な場所で使えるという恩恵が社会に配られています。
その代表例がチャット形式というだけです。
大きく分けると、以下のような能力を拡張してくれます。
1.情報の把握
- わからないことを調べる、理解する、読むという行為
2.コミュニケーション
- 資料作成、設計書、文章化、翻訳など、頭の中のものを他人に伝える行為
3.システム操作
- 開発言語や仕様を知らなくても、システムを扱えるようになるための橋渡し
4.知恵やデータの反映
- AIに与える前提情報やリファレンスを整備し、自分の作業を楽にすること
特に最後のデータに関しては、AIが扱える情報量がここ数年で大きく増えており、それを前提にどう情報を持たせるかが重要になっています。
根本的には翻訳をしている仕組み
生成AIとは、あらゆる存在が勝手に生み出した言葉を理解できるという点が、今まで出てきた機械と根本的に異なります。
生成AIのベースになっている仕組みは、もともと翻訳のための処理技術から発展してきたものです。
昔であれば、「猫」と「cat」のような翻訳の対応はできても、「ニャンコ」と「cat」はうまく変換できない時代がありました。
さらに言えば、「耳がついていてモフモフしていて茶の間にいたらなごむあいつ」と言われても人間なら小学生で90%以上が猫かな?と思えるのに、機械はそれが何かわかりませんでした。
今はそれすらも普通に「cat」として機械が理解して扱えるようになっています。
言葉で伝えるとシステムのソースコードが出てくるという仕組みも翻訳です。
ボタンを押したら光るwebサイト作って
という日本語の自然言語について あくまでも比喩ですが以下のように翻訳ができています。
あー、webサイトでいうとHTMLだな。HTMLでいうボタンってこうこうこうで…光るってこうこうこうで…
出力「かしこまりました。以下にソースコードを出力します。〜〜〜〜
つまり、形式ばった文章や正しい言葉でなくても、意味として理解し、人やシステムの使う言語をまたいで変換できるようになっています。
しかもそれが、
- 高速で
- ほぼリアルタイムで
- かなり安いコストで
実現されています。
感覚としては、何十万文字扱っても1ドルいかないくらいのレベルです。
ツール選びに時間は使いすぎない方がいい。
よくあるのが、「どのツールを使えばいいか」という問いに時間を使いすぎているケースです。
ただ、この問い自体が少しズレています。
重要なのはツールそのものではなく、それをどう使うかです。
多くの場合、どのツールでも適切に使えば同じことは実現できます。
ツールが微妙だからうまくいっていない、という判断は本質的ではなく、実際には使い方や入力の仕方に問題があることが多いです。
職業
生成AIにより、なれなかった職業になれるという話ではない
現在どんな状態にある人が生成AIというインフラに乗ることでどう変化するのかをまとめます。
本質的には成れない者になれるのではなく、成れる者にちゃんと成れるという変化だと考えています。
目的から逆算して動ける人にとっての変化
もともと、
- チームがない
- 人材がいない
- リソースが足りない
といった状態でも、なんとか進めていた人にとっては、かなり直接的な恩恵があります。
このタイプの人は、
- 何が揃えば前に進むのか
- どの順番でやればいいのか
を理解しています。
そのため、
- 調べる
- 作る
- 試す
- 形にする
といった一連の行為のコストが、まるごと下がります。
結果として、やれることの範囲が広がるというよりも、やることに対する総コストがそのまま下がる、という変化が起きます。
1つの専門性を持っている人にとっての変化
デザイナー、エンジニア、マーケター、翻訳者、編集者など、何かしらのスキルを持っている人にとっては、少し違う変化になります。
特徴としては、
- 他の領域も70点くらいで扱えるようになる
- 一人である程度完結できるようになる
という状態です。
ただし本質は「何でもできるようになること」ではありません。
重要なのは、その人がもともと持っている専門性の中で理解している、
- 重要な論点
- 重要な変数
- 気をつけるべきポイント
- 現場でしかわからない感覚
といったものを、他の領域にも反映できるようになることです。
例えば、
デザインにおいて「最初にスクロールしたときのぬるっとした感覚が重要だ」とわかっている人がいたとして、
それを実装の制約で再現できない場合、本来100出せる価値が70や60に落ちていきます。
従来は、
- 言語で説明する
- 別の職種に渡す
- 解釈される
という過程で、価値が減衰していました。
生成AIによって、
- 自分である程度実装できる
- もしくは他職種にも伝わる形で具体化できる
ようになると、この減衰が起きにくくなります。
つまり、影響範囲が広がるというよりは、
自分の理解している価値をそのまま現実に出しやすくなるという変化です。
スキルがまだない人にとっての変化
スキルや目的達成能力がまだはっきりしていない人にとっては、また別の意味を持ちます。
それは、
「思いついたあとに動くまでの距離が異常に短くなる」
という点です。
- 気になる
- 知る
- なんとなくやってみる
といったところから、
- 実際に作る
- 試す
- 動かす
までのコストがかなり下がります。
うまくいくかどうかよりも、とにかく試せる回数が増えます。
この結果、スキルの有無よりも、
- 何に興味を持つか
- 何を気になると感じるか
- 何を嫌だと思って変えようとするか
といった思考の方向性によって、個人差が出やすくなります。
生成AI活用そのものを仕事にするべきか
もう一つ重要なのは、仕事との関係です。
生成AIによって、デザイン、プログラミング、翻訳、文章作成といった、これまでお金を払って依頼していたものが、個人でもできるようになります。
ただしこれは、「その領域に仕事が増える」という話ではなく、「そのアウトプットを作るスキルが民主化する」という話です。
全員ができるようになるものは、それ単体では仕事になりにくくなります。
これは、エクセルを使いこなして電卓でやっていた計算を代行する仕事をしようとするのと近い構造です。
一時的には成立しても、時間差で全体に広がります。
そのため、
- その時間差を取りに行くのか
- それを前提に別の価値を作るのか
は、かなり意識的に選ぶ必要があります。
また、
生成AIを使いこなす難易度は過去生まれた技術の中でも恐ろしく低いです。
電卓を使いこなすためには四則演算を理解しなければ使えませんが生成AIは言葉が使えれば扱います。
四則演算がわからなくても、
テーブルにリンゴが10個あったけど半分無くなった。今何個?
こんな言葉で扱えてしまいます。
格差
志向性による違いが早く大きく出やすい社会へ
生成AIが能力格差を産むのではないか?という話もよくありますが、全体が生成AIを使いこなす段階では能力そのものの格差にフォーカスは薄まると考えています。
個人差は「強さ」ではなく「方向」が広がる
ここで起きる変化は、単純な能力差の拡大ではありません。
- 強い人がさらに強くなる
- 弱い人が取り残される
というよりも、
全員がいろいろ試せるようになることで進む方向がもっとバラバラに広がる
という変化です。
これまでは、長く同じことをやることで、30歳や40歳くらいになってからようやく、何を続けたかによる大きな差が見えてくる流れでした。
それが、実行コストの低下によって、20歳前後、場合によってはそれより前の段階で起こる可能性があります。
20歳で既にゼネラリスト
- いろんなことを一通りやってみる人
- ジェネラリスト的な動き方をする人
も、これまでよりかなり早い段階でその状態に到達します。
今までは早くても30歳前後、一般的には40歳あたりでやっとそうなるケースが多かったものが、20歳、場合によっては15歳くらいでも起こり得る、というイメージです。
時代変化
インターネットが成しえなかった世界の繋がりが生まれる
理論上、スマートフォンを使えば世界の誰にでも電話番号を入れたら話せます。
理論上、この世で生まれた出来事の大体の内容がインターネット上にあります。
理論上、小学生でもGoogleが生み出すシステムと同じソースコードはタイピングしていけば作れます。
でも、そうなっていない原因として広義の意味での言語の問題がありました。
同じ日本語同士ですら何を言ってるのか訳がわからない本もあります。
その壁を世界中のルールを書き換えずに限りなく存在しないように生きれる時代が始まっています。
少数派の基準が変わる
この変化によって、これまで成立しなかったものが成立するようになります。
例えば、「こんなの好きなの自分だけだろう」と思っているものがあったとして、
仮に1億人に30人しかいない趣味だったとしても、世界人口が70億人いれば単純計算で2100人います。
2100人いれば、小さい大学1つ分くらいの規模になります。
これは単にコミュニティが見つかるという話だけでなく、文化そのものが生まれる条件が変わるという話です。
今までより1/70のサイズのテーマにも市民権が行き渡ります。
比較対象がローカルからグローバルに変わる
これまでは、欲求や基準はかなりローカルに依存していました。
例えば、
- 近所の友達がポケモンを持っているから自分も欲しい
- 周りがやっているから自分もやる
といった形です。
これが、
- アメリカの小学生はもうこんなことをしているのに、なぜ自分はできないのか
といった形に変わる可能性があります。
つまり、
- 比較対象が身近な数人から
- 世界規模の数億人単位に広がる
という変化です。
インターネットがあっても言語の壁を越えられなかった部分が溶け始めている。
これによって、
- 自由の基準
- 当たり前の基準
- 強い・優しい・怖いといった感覚の基準
がどこに落ち着くのかが、かなり揺れる状態になります。
境界がボトムアップで壊れていく
言語や文化による境界は、かなり曖昧になります。
ドメスティックな環境、つまり閉鎖性は、言語のコントロールから始まるとも言われますが、その前提が崩れます。
しかもこれは、
- 国家や企業が上から変えるものではなく
- 個人が勝手に使うことで下から崩れていく
タイプの変化です。
そのため、気づいたときにはもう境界が薄くなっている、という形で進みます。
既にBBQの楽しみ方として、外人のポストに日本には焼きおにぎりがあるよー!と返信し、アメリカ人がチーズだくだくの焼きおにぎりに進化させる。とか起きてます。
それがSNSの基礎機能として自動翻訳されて行われています。
浸透速度がこれまでと異なる
これまでの技術革新は、普及に時間がかかるものでした。
- 蒸気機関や電気は物理的な設備が必要だった
- 高価だったため、まずは一部の人から広がった
- 社会全体に浸透するまでに数十年単位の時間がかかった
インターネットも同様に、ある程度の環境整備が必要でした。
一方で生成AIは、
- 個人がすぐに触れられる
- 初期からほぼ無料に近いコスト
- 何の準備もなく使える
という状態からスタートしています。
そのため、「新しい技術ができたらしいね」と言いながら50年かけて半分くらいの人が使うようになるといった過去のパターンではなく、
- 人の一生の中で一気に普及率が上がる
- 自分が使っていなくても、触れているサービスの裏側に入り込む
という形になります。
このスピード感は、人類がこれまで経験してきたものとはかなり異なるレベルです。
ここだけは、変化の中でも特に意識しておくべきポイントだと思います。
生成AIを前提として生きていく人と友達であるためにも一定触れると良い
この変化は、恐れる対象というより、前提として進んでいくものです。
当事者としては、普通に楽しめばいい、どう使うかは自由、というスタンスで問題ありません。
ただし、
- 親
- 教育に関わる人
- 既存の価値観の中にいる人
にとっては、少し事情が変わります。
この技術がわかりにくいと感じるのは当然ですが、理解しようとしない状態が続くと、
- 子どもが何を見ているのか
- 何に影響を受けているのか
- どういう価値観で動いているのか
が見えなくなる可能性があります。
結果として、身近な人のことが理解できなくなるリスクがあります。
この技術は、
- 安い
- 危険性が低い
- 直接的に誰かを傷つける性質ではない
という特徴があります。
だからこそ、距離を置くよりは、普通に触れておくほうが自然です。