この知恵で考えられること
多分もうこの方向に全員向かい始めてる気がしてて、それの再言語化って感じ。
最強のこと思いついたかも。
背景
多分もうこの方向に全員向かい始めてる気がしてて、それの再言語化って感じ。
永遠にマルチドメインって意味ではなく趣味を超えたレベルで社会に出す行為をモノや職能ドメインを強い区分けとして使わない感じ。
イメージ
個としてマルチドメインで思考を現実化出来た歴史を早めに作る
pronounメンバー全員がそれぞれ
- システム系ツールのサービス提供者
- アニメなり音楽のクリエイター
- ゲームなり遊び方の発明者
- 考えやナレッジの著者
- 店舗や場の創設者
- いいモノを流通するブローカー
- 何人かにとってのかけがえのない親分...etc
みたいなののいくつかのいずれのオーナーなり創始者やれちゃってる状態。
出来たを積み重ねて、ワイの作りてぇものってのは〜、が見える
こうも、こうも、こうも、なんかは出来た。
だが、俺の思うこれはもっとこんな感じのこれだな。
みたいな、結局は「出来た!」って感覚の連鎖でしか正しい自己認識に向かう事はできない。
出来てもないことを元に苦手や違うという判断は明らかにPDCAとして間違える。
また、
できてないけどいつか…
っていう美しい発想は悪くないけど自分の欲だったはずのそれが、
- 他人のための使命だと誤解する
- それが出来た時にそんなに微妙だった場合にも意固地になる
とかとして誤解しはじめる
なので、
そいつの考えを元に、いくつかの領域で実社会に投下するなり、ソイツが思うこうお披露目する、みたいなとこまで何領域かやるのが良さそう。
自治区運営としては↑の進みを観測し手伝う
生業化とか、pronoun得てる度合い、自己ベスト更新度合いは究極主観。
なので、自治区(他者)目線ではそれに向かう接続性が可能な限り高い別の指標で観測するしかない。
なので、上記を、バックアップするのが良いのかも。
「考えなり好きなこととしての哲学を持ったペルソナ」、そいつの思う普通を現実化するために2年で6ドメインくらいで社会実装してみるのが普通
とする自治区みたいな。
要は?
それぞれ1領域チャレンジする
2026年でそれぞれ全員が最低1領域は、ここまでやりきってはない領域?に対して自分の考えを社会実装する。
っていう目標要素を持ってみていいんじゃないかなーと思っている。
勝手にもうそういうのに向かっているとも思う。
いくつかのドメインで思考を現実化することの何がいいのか。
お。わいイケそうだな。感
まずシンプルに自己効力感の安定度が高まる
- 大体のことは作れそうだな〜(強がりではなくそう思える歴史を持っているから普通にそう思う)
みたいな。
Pronounを得るって意味でも、何が生業としてのコアになってくかを仮説すぎる仮説で早めに固定しすぎないためにも良さそう。
この感覚とか自由があることへの権利認識が確かにならないと、
- あ!これを作れることはPronounになりそうだぞ〜やるぞ〜!
ってなれない。
この感覚がないからこそ、
- 今やってるこれを無理にpronounにしてやる!しなきゃいけない。
とか
- 私ができることってooくらいだよな?としたら〜。
みたいな自分としてもその作ってるものの性質としても、相性が悪かったり大きく載せすぎな期待を暗黙的に持っている状態になる
んで、載せすぎな何かが上手く出来なかったら
- また自分は理想に至れなかった。
という学習的無力感につながる認識だけ残るから害悪。
派生
sandboxフェーズは何を基準に観測するべきか
遺恨解消+マルチドメインでの思考の現実化をしてみた幅?みたいなのがよさそう。
シンプルに言えば自分でそれが作れるか?ということを考慮せずいろいろやってみるということ。
twilight(ペルソナが現実を謳歌する切り口とモノの像が見えてて突き進み出す状態)に、高確率でいけそう。
沢山ドメインが多いほど良いってよりは、1種類じゃなくていくつかで実践するっていうのが多分コア。
社会実装の手法が固定化されることが自他に対する1番な囚われや諦めの原因かも。
これが時代の恩恵と自治的な環境があれば1.5年〜2年くらいで意外と普通にできる。ってのがまだ余り知られてないが事実。
工夫を凝らせば安定的に1年でいけるとかもあるかも。
ただ、半年とかに縮めすぎると発酵が進みきらなかったり、バイオリズム的に乗り切らないままだったら、人生イベントに追われちゃう数ヶ月があったりして微妙そう。
(偶然かもだけど全員この2年で一定規模のライフタスクに集中せざるを得ない時があった)
結局20ヶ月くらいと思ってやる方がいい説はある。