この知恵で考えられること
ネットプロテクションズ社(以下 NP社)が atone カスタマーセンターにおいて導入・実装を進めていた LLM(生成AI)活用システムに対し、 Pronoun社が第三者視点からレビュー・設計提案・改善助言を行う PoC 支援案件である。
この資料のパート分け
オリエン
- 案件の概要とフェーズ
前半
設計や設計に対する考え方レベルやアプローチレベル
後半
より具体的な処理方法に関する評価を元にした改善提案
オリエン
atoneカスタマーセンター向け AI(LLM)活用レビュー・改善支援案件
1. この案件は何だったのか(案件の性質)
本案件は、
ネットプロテクションズ社(以下 NP社)が atone カスタマーセンターにおいて導入・実装を進めていた LLM(生成AI)活用システムに対し、 Pronoun社が第三者視点からレビュー・設計提案・改善助言を行う PoC 支援案件である。
単なる技術検証やプロンプト調整ではなく、
- 実際に Zendesk 上で稼働し始めた AIシステム
- 実オペレーション・実顧客対応に使われる前提
- CS組織・業務プロセス・評価指標に影響を与える領域
を対象にした、**「実運用前提のAI設計レビュー案件」**という位置づけだった。
2. 案件開始時点での背景・前提
NP社側の背景
- 問い合わせ件数の増加
- 初回返信時間が長期化(30時間超)
- 人員増強だけでは解決しない構造的な負荷
- Zendesk 上での LLM 活用 PoC をすでに開始していた
既存のAI活用イメージ(初期状態)
- AIで一次回答を自動化したい
- FAQ・マニュアルを参照して「なるべく正しい回答」を返したい
- 自動化率・工数削減率をKPIとして設定したい
- AIは「人間の代替回答者」として期待されていた
3. Pronoun社の関与の仕方(立ち位置)
Pronoun社は、
-
システムを実装する立場ではなく
-
NP社のAI活用に対して
**「レビュー」「壁打ち」「設計の言語化」「改善提案」**を行う立場
として関与した。
特徴的だったのは、
-
技術論だけでなく
-
CS現場・顧客心理・業務構造を含めて議論した点
-
「AIをどう賢くするか」ではなく
**「AIが事故らない設計にどう変えるか」**に焦点を当てた点
である。
4. 案件の進行フェーズ概要
本案件は、大きく 4つのフェーズを経て進行した。
フェーズ①:状況把握・前提のすり合わせ(2025年4月上旬)
主な内容
- NP社が想定している AI活用のゴール・KPI の確認
- 現在の Zendesk × LLM の実装内容の共有
- どこまでAIに任せたいか/任せたくないかの整理
この時点の重要論点
- 「一次回答とは何か?」
- 「AIが解決できないケースをどう扱うか?」
- 「工数50%削減という目標は妥当か?」
Pronoun社の初期指摘
- 正解率や工数削減だけを目標にすると、AIが無理をする
- 問い合わせの多くは情報不足であり、人でも一発解決できない
- まず AIの役割定義を再設計すべきという提起
フェーズ②:設計思想・認識の再定義(2025年4月中旬)
主な内容
- 「一次回答」の再定義
- AIの役割を「正解を出す存在」から「前捌き・整理役」へ変更
- 問い合わせを「カテゴリ」ではなく「解決段階」で捉える整理
具体的に行われたこと
- 解決段階4分類モデルの提示
- 情報不足をAIの主戦場とする考え方の提示
- カテゴリ起点設計の限界の言語化
このフェーズの成果
- AIに対する期待値が現実的になった
- 「AIができないからダメ」という評価軸から脱却
- 後続の具体設計議論の土台が整った
フェーズ③:具体的な処理・出力改善提案(2025年5月)
主な内容
- 実際の一次回答文面のレビュー
- AI明示/非明示、文面構成、返信タイミングの議論
- カテゴリ別に「AIでやる/やらない」の切り分け
特徴的な議論
- 冒頭文面は短くすべき
- 「自動返信」「AIです」は炎上リスクがある
- 情報不足時は答えず、聞く設計にする
- 即時返信が必ずしも最適ではない
成果物的アウトカム
- 一次回答テンプレート案の整理
- 処理タイプ別の出力方針の合意
- 「答えない判断」を含む処理設計の明確化
フェーズ④:運用・改善サイクル設計への拡張(5月下旬)
主な内容
- 出力が悪かった場合の改善方法の整理
- 文面修正ではなく、知識・判断ロジックの改善が重要という合意
- 内部FAQ・内部注意点の必要性の指摘
議論されたテーマ
- 本番出力レビューのやり方
- 改善サイクルの回し方(短いスプリント)
- 判断理由を残すことの重要性
結果
- 「AIは直しやすい」という前向きな運用認識が形成された
- 将来的に安定運用できる設計思想が共有された
5. この案件で得られた主な成果(アウトカム)
技術的成果ではなく「設計・運用知見」が主成果
本案件の成果は、
コードやモデルそのものではなく、以下のような知見・設計原則である。
- AIに期待してはいけない役割が明確になった
- AIが価値を出しやすい処理領域が定義された
- 一次回答・ヒアリング・人対応の切り分けが明確になった
- 出力事故を防ぐための具体的な処理設計が整理された
NP社側に残ったもの
- AI活用を進めるための共通言語
- PoCから本番に進むための判断軸
- 改善を継続できる運用視点
6. この案件の特徴を一言で言うと
「AIを入れる案件」ではなく、 『AIを入れた結果、CS業務をどう再設計するか』を 言語化し続けた案件」
である。
PoCの成否を決めたのは技術力ではなく、
- 無理な期待を外したこと
- AIが壊れない前提条件を作ったこと
- 人とAIの役割分担を現実的に設計したこと
だった。
7. 今後につながる位置づけ
この案件は、
- atone CC における LLM活用の基盤設計
- NP社内での横展開可能な知見
- 将来の高度化(内部DB参照・チャット化)への土台
として位置づけられる。
- *単発のPoC支援ではなく、
「AIを業務に組み込むための初期設計レビュー案件」**だったと言える。
前半
1. AIの位置づけに関する設計思想の変化
Before|元々の設計・認識
AIは「問い合わせに正しい回答を返す存在」
- AIの価値は「人間に近い正解を出せるか」
- 一次回答=できるだけ完全な回答を返すこと
- 正確性・網羅性が主な評価軸
暗黙の前提
- 解決できない回答は「弱いAI」
- 人がやっていることをAIに置き換えるのがゴール
- 正解率が上がれば満足度も上がるはず
Issue|Pronoun社が指摘した問題
問い合わせ対応の現実とズレている
- 実際の問い合わせは情報不足が多い
- 人間でも一発で解決できないものが多い
- 正解を出すこと自体が不可能なケースが多い
AIに「できない役割」を期待している
- 判断材料が足りないのに断定を求められる
- 結果として
-
ハルシネーション
-
不自然な長文
-
顧客不信
が発生しやすい
-
After|変更提案(再定義)
AIは「業務を前に進める装置」
- 正解を出すことが役割ではない
- 状態遷移を起こすことが役割
一次回答の再定義
- 一次回答=最初に返す「意味のある反応」
- 解決できなくても価値がある
- 人がやらなくていい一次反応をAIが担う
Resulting Design|形成された設計思想
- AIの価値は「解決率」ではなく「前進率」
- 人とAIは役割分担する存在
- AIは前捌き・整理・仕分け役
2. AI出力の評価軸に関する変化
Before|元々の評価観
出力の良し悪し=正しいかどうか
- FAQに沿っているか
- 表現が丁寧か
- 誤情報がないか
評価指標
- 正解率
- 人との一致率
Issue|Pronoun社の問題提起
正解かどうかを測れない問い合わせが多い
- 情報不足
- 状況不明
- 顧客の言語化不足
人間でも正解が出せないのにAIに求めている
- 評価軸そのものが破綻している
- AIが過剰に喋る原因になっている
After|変更提案
評価軸を「段階適合性」に変更
- 今その問い合わせはどの段階か
- その段階でやるべき振る舞いをしているか
Resulting Design
- 良い出力=
- 情報不足なら聞き返す
- 明確なら答える
- 悪い出力=
- 情報不足なのに断定する
3. 問い合わせ処理モデルの変化(アルゴリズム設計)
Before|元々の処理イメージ
カテゴリごとに回答を出す
- ログイン
- 請求
- キャンセル
想定フロー
- カテゴリ判定
- 該当FAQ参照
- 回答生成
Issue|Pronoun社の指摘
カテゴリは「建具」にすぎない
- 同じカテゴリでも状況はバラバラ
- 温度感・緊急度・情報量が違う
カテゴリ起点だと事故る
- 高温度の顧客に機械的回答
- 情報不足に断定回答
After|変更提案
問い合わせを「解決段階」で捉える
解決段階①
- 情報明確 → 完全回答
解決段階②
- 情報不足 → ヒアリング
解決段階③
- 内部情報必要 → 内部参照
解決段階④
- 緊急性あり → 人へ通知
Resulting Design
- カテゴリは補助情報
- 主軸は「状態」と「段階」
4. 情報不足に対する認識の転換
Before|元の認識
情報不足=難しい・面倒
- 人でも時間がかかる
- AIには向いていない
Issue|Pronoun社の再解釈
情報不足はAIが最も得意
- 聞き返しは機械的でよい
- 聞きすぎてもリスクが低い
- 人より心理的負担が少ない
After|変更提案
情報不足はAIの主戦場
- 不足検知ロジックを最重要に
- 足りなければ即ヒアリング
Resulting Design
- AI=前捌き・準備役
- 人=判断・説明役
5. 出力文面設計に関する変化
Before|元の方針
丁寧で網羅的な文章
- 冒頭説明が長い
- AIであることを明示
- 責任回避的な文言
Issue|Pronoun社の指摘
読まれない・燃える
- 冒頭が長いと読まれない
- 「自動返信」「AIです」は炎上ワード
- 顧客の感情を刺激する
After|変更提案
文面設計の原則
- 冒頭は短く
- 要件確認から入る
- AI明示は目的に応じて出し分け
Resulting Design
- 「独自のシステムによる状況判断」という表現
- 次アクションを明示
- 感情を悪化させない構成
6. 改善アプローチに関する変化
Before|元の改善観
出力が悪い → 文面修正
- プロンプトを直す
- 表現を調整する
Issue|Pronoun社の指摘
根本原因は知識不足
- FAQが悪い
- 暗黙知が共有されていない
- AIはそれを正直に反映しているだけ
After|変更提案
改善の正しい順序
- 本番出力を眺める
- 共通欠損を抽出
- ナレッジ補強
- 最後に文面調整
Resulting Design
- 出力改善=知識構造改善
- 文面修正は最終手段
7. AIと人の役割分担の変化
Before|元の前提
AIができない=人がやる
- 振り分けは人の仕事
- 経験者の勘に依存
Issue|Pronoun社の提案
AIは判断材料を作れる
- 難易度判定
- 緊急度判定
- 情報充足度判定
After|変更提案
AI出力を業務制御に使う
- 人への割り当て
- 優先度制御
Resulting Design
- AI=業務オーケストレーター
- 人=責任主体
後半
問い合わせ受信直後の処理方法の変更
Before|元の処理
- 問い合わせ文面を受信
- カテゴリ判定
- 該当FAQを参照
- 回答生成
After|変更提案
- 問い合わせ文面を受信
- 情報充足度判定
- 緊急度・温度感判定
- その結果に応じて
-
回答生成
-
ヒアリング生成
-
人アサイン判定
を分岐
-
Why
- カテゴリだけでは処理判断ができない
- 情報不足や高温度を無視した処理は事故る
Effect
- 不適切な即答の減少
- 初手ミスによるラリー増加の防止
情報不足時の処理方法の変更
Before
- 情報不足でも可能な限り回答を生成
- 不足情報があっても断定的な文面になりがち
After
- 情報不足フラグを立てる
- 回答生成を行わず
- ヒアリング専用プロンプトで質問生成
- 選択肢形式・箇条書きを優先
Why
- 情報が足りない状態での回答は精度が出ない
- 聞き返しはAIが最も安全にできる処理
Effect
- ハルシネーション抑制
- 人の再確認工数削減
一次回答生成ロジックの変更
Before
- 一次回答=なるべく完全な回答を生成
After
- 一次回答を以下に分離
- 即答型一次回答
- ヒアリング型一次回答
- 前捌き型一次回答(人対応前提)
Why
- 一次回答に「完全解決」を求めると無理が出る
- 処理目的に応じた出力が必要
Effect
- 一次回答の成功率向上
- 不自然な長文の減少
出力生成前の「答える/答えない」判定追加
Before
- 回答生成が基本動作
- 出さない判断は人が行う
After
- 出力前に以下を判定
- 答えられるか
- 聞くべきか
- 人に渡すべきか
- 「答えない」という出力判断をAIに持たせる
Why
- すべてに答えようとするのが事故の原因
- 答えない判断も重要な処理
Effect
- 誤回答の削減
- クレーム抑制
出力文面構成ロジックの変更
Before
- 1つのテンプレートで全ケース対応
- 冒頭説明が長くなりがち
After
- 文面を以下で分解
- 冒頭(要件確認)
- 本文(回答 or ヒアリング)
- 次アクション案内
- 処理タイプごとに文面構成を切り替える
Why
- 同じ構成だと読まれない
- 処理目的によって最適な文章構造は異なる
Effect
- 読了率向上
- 次アクション実行率向上
AI明示/非明示の処理切り替え
Before
- 一律でAI/自動返信を明示 or 非明示
After
- 処理タイプで切り替え
- ヒアリング型 → 明示
- 完全回答型 → 非明示
- 文面生成時にフラグで制御
Why
- 明示が有効なケースと逆効果なケースがある
Effect
- 不信感・炎上リスク低下
回答生成タイミングの制御追加
Before
- 即時返信が基本
After
- 処理タイプに応じて
-
即時
-
数分遅延
-
バッチ的送信
を制御
-
Why
- 早すぎる返信はAI感が強い
- UXとして違和感が出る
Effect
- 顧客心理の安定
- AI検知による反発軽減
カテゴリ依存処理の縮小
Before
- カテゴリごとに処理・回答を定義
After
- カテゴリは補助情報
- 実処理は
-
状態(情報量・温度感・緊急度)
を主軸に分岐
-
Why
- カテゴリ内のばらつきが大きい
- 状態ベースの方が再利用性が高い
Effect
- 処理ロジックの単純化
- 新カテゴリ追加時の負荷低減
AI出力結果の二次利用(ルーティング)
Before
- 出力文面のみを生成
- 担当者割当は人手
After
-
出力と同時に
-
難易度スコア
-
緊急度フラグ
を生成
-
-
Zendeskのルーティングに利用
Why
- AIは仕分けが得意
- 人がやると属人化する
Effect
- ベテラン工数の最適配分
- 対応遅延の防止
出力失敗時の改善フロー変更
Before
- 出力が悪い → 文面修正・プロンプト修正
After
-
出力が悪い →
① 情報不足か?
② ナレッジ欠損か?
③ 処理判断ミスか?
を切り分け
-
文面修正は最後
Why
- 文面修正は対症療法
- 根本原因は知識・処理設計にあることが多い
Effect
- 改善サイクル短縮
- 無駄なチューニング削減
内部・外部出力の分離処理
Before
- 同一知識をそのまま出力に使用
After
- 内部用ナレッジと外部出力を分離
- 出力前に
- 外部OK情報のみ抽出
- 内部注意点はAIの判断材料にのみ使用
Why
- 顧客に見せてはいけない情報がある
- 事故防止のため
Effect
- 表現事故・説明過多の防止
- 将来的な安定運用