この知恵で考えられること
問題が起きたとき、私たちはよく「原因を突き止めて対策しよう」と言います。
"原因"と"対策"を特定するリテラシーについて
問題が起きたとき、私たちはよく「原因を突き止めて対策しよう」と言います。
仕事でも、組織でも、プロダクトでも、生活でも、体調でも、だいたい同じです。
売上が落ちた。
ミスが起きた。
人が辞めた。
会議が噛み合わなかった。
顧客が離れた。
業務が回らなくなった。
自分の調子が崩れた。
そうしたときに、「原因は何か」「対策は何か」と問う。
ただ、これが意外と難しい。
なぜなら、多くの場合、原因追求と反省が混ざってしまうからです。
「自分が悪かった」
「次は気をつけます」
「確認不足でした」
「もっと早くやるべきでした」
「コミュニケーションが足りませんでした」
こうした言葉は、反省としてはあり得ます。
ただし、それだけでは原因を特定したことにはならない。
原因を突き止めることと、反省することは別物です。
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原因とは何か
原因とは、単なる悪者ではないです。
原因とは、その現象を再び生みうる、再現性を持った原点です。
つまり、
「何があったから、また同じことが起きうるのか」
「どの条件が揃うと、同じ方向に現実が流れるのか」
「何がその結果を生む力を持っていたのか」
を指すものです。
たとえば、人が忘れること。
これは原因になり得ます。
でも、人が忘れること自体をなくすことはできません。
疲れること。
焦ること。
都合よく解釈すること。
見落とすこと。
伝えたつもりになること。
現場ごとに事情が違うこと。
時間が経つと資料が古くなること。
言葉の意味が人によってズレること。
これらも全部、原因になり得ます。
でも、これらは基本的になくならない。
むしろ、なくならないからこそ原因です。
原因とは、消せる欠陥というより、現実の中に存在し続ける力です。
だから、原因を特定するとは、
「誰が悪かったか」を見つけることではなく、
「何があると、また起きるのか」を見つけることです。
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原因追求と反省は違う
反省は、自分の態度や振る舞いを振り返る行為です。
それ自体は大事です。
ただ、反省だけで終わると、現実はあまり変わりません。
「次は気をつけます」
「もっと丁寧にやります」
「確認を徹底します」
これらは一見すると前向きですが、構造としてはかなり弱い。
なぜなら、次回の成功を人間の注意力や意志力に依存させているからです。
人間は忘れる。
人間は疲れる。
人間は慣れる。
人間は忙しいと雑になる。
人間は自分に都合よく見る。
これは怠慢というより、前提です。
この前提を無視して「気をつける」で済ませると、また同じことが起きます。
だから、原因追求とは反省ではない。
原因追求とは、再現条件の特定です。
何があると、また起きるのか。
どの順番だと、また崩れるのか。
どの情報がないと、また判断を間違えるのか。
どの状態になると、また雑になるのか。
どの関係性だと、また言えなくなるのか。
どの業務設計だと、また属人化するのか。
ここまで見に行くことが、原因を突き止めるということだと思います。
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対策とは何か
では、対策とは何か。
対策とは、原因そのものを消すことではないです。
もちろん、消せる原因なら消せばいい。
壊れた機械が原因なら直す。
間違った設定が原因なら変更する。
不要な工程が原因ならなくす。
明らかなバグが原因なら修正する。
それはそれで大事です。
ただ、多くの本質的な原因は、そんなに簡単には消えません。
人は忘れる。
人は疲れる。
情報はズレる。
現場は変わる。
資料は古くなる。
判断はブレる。
責任は曖昧になる。
会議は形骸化する。
組織は部分最適に流れる。
これらを「なくす」のは無理です。
だから対策とは、
原因が存在しても、望ましくない結果まで到達しにくくするための設計変更です。
もっと言うと、
原因の影響力を弱めること。
原因の作用範囲を狭めること。
原因が悪い結果に流れ込む前に検知すること。
原因が発生しても回復できるようにすること。
原因が別の良い流れに変わるように道を作ること。
これが対策です。
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「原因をなくす」は、しばしば理想論になる
原因がわかったときに、「じゃあその原因をなくそう」と考えたくなります。
ただ、これはしばしば理想論になります。
たとえば、ミスの原因が「確認不足」だったとします。
このとき、
「確認不足をなくす」
「確認を徹底する」
「各自が責任感を持つ」
だけだと、対策としては弱い。
なぜなら、確認不足はだいたい単体で存在していないからです。
忙しかった。
確認すべき項目が曖昧だった。
誰が見るべきか決まっていなかった。
確認しづらい画面だった。
差分がわかりにくかった。
間違ってもすぐに気づけない状態だった。
そもそもその作業が毎回変わっていた。
こうした条件が重なって、確認不足が起きている。
であれば対策は、
チェックリストを置く。
確認者を決める。
差分だけ見えるようにする。
エラーが出るようにする。
承認フローを変える。
入力欄を減らす。
作業前に必要情報が揃っているか判定する。
ミスが起きてもすぐ戻せる状態にする。
みたいな話になります。
原因を消すというより、原因が悪い結果を生むまでの流れを変える。
これが対策です。
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原因と対策を四象限で見る
原因と対策の扱い方は、二つの軸で整理できると思います。
一つ目の軸は、見ているもの。
人の態度を見ているのか、再現条件を見ているのか。
二つ目の軸は、対応の仕方。
気持ちで対応するのか、構造で対応するのか。
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1つ目
態度 × 気持ち
これは、反省の領域です。
「申し訳ありません」
「次は気をつけます」
「もっと頑張ります」
もちろん必要な場面はあります。
ただ、これだけでは再発可能性はあまり下がりません。
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2つ目
態度 × 構造
これは、教育やマネジメントの領域です。
「この観点で確認してください」
「こういうときは相談してください」
「判断基準を共有します」
人の振る舞いを変えるために、言語化や型を置く。
かなり有効です。
ただし、まだ人間の理解や実行に依存します。
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3つ目
条件 × 気持ち
これは、問題意識の領域です。
「たしかにこの状況だと起きやすい」
「忙しいと雑になる」
「情報が足りないと判断できない」
現象の構造には近づいている。
ただ、対応がまだ気持ちや注意に寄っている状態です。
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4つ目
条件 × 構造
これは、原因追求と対策が接続している状態です。
「この条件が揃うと起きる」
「だから、この条件を検知する」
「この地点で止める」
「この情報を先に出す」
「この判断を自動化する」
「この時点で人に戻す」
「このログを残す」
「このズレをレビューする」
原因を再現条件として捉え、その作用を構造で変える。
この状態になってはじめて、原因と対策が仕事になります。
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いい対策は、原因を否定しない
いい対策は、原因を否定しません。
人は忘れる。
だから、忘れてもいいようにする。
人は疲れる。
だから、疲れた状態で重要判断しないようにする。
情報は伝わらない。
だから、伝わったかどうかを確認できる形にする。
資料は腐る。
だから、現実とのズレを検知して更新する流れを作る。
判断はブレる。
だから、判断基準と判断履歴を残す。
現場は変わる。
だから、変化を前提に業務フローを代謝させる。
原因を「なくすべき悪」と見ると、現実を責めることになります。
でも、原因を「作用する力」と見ると、設計の対象になります。
この違いはかなり大きい。
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原因は、過去の説明ではなく未来の仮説である
原因という言葉は、過去に向いているように見えます。
なぜ起きたのか。
何が悪かったのか。
どこで間違えたのか。
もちろん、それもあります。
ただ、原因の本当の価値は、未来にあります。
原因とは、
「このままだと、また起きる」
という仮説です。
だから原因が特定されると、未来の見え方が変わる。
この条件が揃うと危ない。
この順番だと崩れる。
この情報が欠けると判断がズレる。
この人にしか見えていないと属人化する。
この会議で決めても、現場には反映されない。
この資料は三ヶ月後には腐る。
原因とは、過去の犯人ではなく、未来の再発地点です。
だから原因追求は、過去を責めるためではなく、未来を操作可能にするために行うものです。
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対策は、未来の現実を少し変えること
対策という言葉も、軽く扱われがちです。
「再発防止策を出してください」
「改善策をまとめてください」
「次回から注意してください」
でも、本来の対策はもっと重い。
対策とは、未来の現実を少し変えることです。
次に同じ条件が来たときに、同じ結果にならないようにする。
そのために、
入力を変える。
順番を変える。
権限を変える。
通知を変える。
画面を変える。
会議を変える。
ログを変える。
レビューを変える。
責任の置き方を変える。
人間とシステムの分担を変える。
そうやって、現実の流れを少し変える。
対策とは、反省文ではなく、設計変更です。
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原因と対策のリテラシー
原因と対策を特定するリテラシーとは、結局のところ、
出来事を、責任の問題だけで終わらせず、再現性と作用範囲の問題として扱う力です。
このリテラシーが低いと、問題は毎回、人のせいになります。
あの人が悪い。
自分が悪い。
現場が悪い。
経営が悪い。
顧客が悪い。
タイミングが悪い。
もちろん、責任の話が必要な場面もあります。
ただ、それだけでは現実は変わらない。
一方で、このリテラシーがあると、問題は設計の対象になります。
どの条件で起きたのか。
どこで検知できたのか。
どこで止められたのか。
どこで弱められたのか。
どこで回復できたのか。
どこにログが残っていればよかったのか。
どこに判断基準があればよかったのか。
どこを人ではなく仕組みに任せるべきだったのか。
どこは逆に人間が見るべきだったのか。
こうした問いに変わる。
これが、原因と対策を特定するリテラシーだと思います。
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仕事における原因と対策
仕事の中で起きる問題の多くは、単発の事故に見えて、実際には再現性を持っています。
営業資料が古い。
顧客理解が更新されていない。
見積もりの前提がズレている。
FAQが現実と合っていない。
KPIだけ見て顧客の温度感を見失う。
会議で決まったことが、実行の形に落ちない。
現場の工夫が、組織の資産にならない。
誰かの頭の中だけに最新事情がある。
これらは、ミスというより代謝不全です。
現実は変わっているのに、業務や資料や判断が更新されていない。
その結果として、ズレが溜まり、いつか問題として表面化する。
このときの原因は、誰か一人の怠慢ではないことが多い。
現実の変化を受け取り、業務や資料や判断に反映する流れがないこと。
これが原因になっている。
であれば対策は、
「ちゃんと更新しましょう」では足りない。
どの変化を検知するのか。
誰が受け取るのか。
どこに反映するのか。
どの資料が更新対象なのか。
何が変わったら通知されるのか。
更新されたかどうかを誰が見るのか。
古い情報が使われたときにどう気づくのか。
ここまで設計する必要があります。
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原因を扱える組織
強い組織とは、問題が起きない組織ではないと思います。
問題は起きます。
人がいるし、現実が変わるし、事業が動いているからです。
むしろ、問題が一切起きない組織は、何も変化していないだけかもしれない。
大事なのは、問題が起きたときに、
反省で止まらず、
犯人探しで止まらず、
気合いで止まらず、
原因を再現性のある力として見つけ、
その力の作用を変える対策を置けることです。
原因を扱える組織は、問題が起きるたびに少し強くなります。
なぜなら、問題が起きるたびに、現実の見え方が増え、構造が更新されるからです。
逆に、原因を扱えない組織は、同じ反省を何度も繰り返します。
「次は気をつけます」
「確認を徹底します」
「連携を強化します」
この言葉が何度も出てくる組織は、原因を扱えていない可能性が高い。
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あとがき
原因を突き止め、対策をする。
この言葉はとても普通に使われます。
でも、実際にはかなり高度な行為だと思います。
なぜならそれは、起きた出来事を、感情や責任や偶然の話から、再現性と設計の話へ移すことだからです。
原因とは、なくすものではなく、扱うもの。
対策とは、反省ではなく、作用設計。
起きた問題の中に、また起きる力を見つける。
その力が、望ましくない未来へ流れ込まないように、現実の流れ方を変える。
これが、原因と対策を特定するという行為だと思います。
問題はなくならない。
人も、組織も、現実も、ずっと変化し続ける。
だからこそ必要なのは、問題が起きない世界を夢見ることではなく、問題が起きたときに、それを次の設計へ変えられる視力です。
原因と対策のリテラシーとは、その視力のことだと思っています。