この知恵で考えられること
新しい市場で営業をしていると、課題感はあるのに発注されないという状況によく出会います。
新しい市場で営業をしていると、課題感はあるのに発注されないという状況によく出会います。
- 顧客自身も困っている。
- 予算がまったくないわけでもない。
- 提案内容にも一定の納得感がある。
- それでも決まらない。
この状態を「まだ信用されていない」「ニーズが弱い」「営業力が足りない」とだけ捉えると、営業活動はなかなか改善しません。
新市場では、もっと根本的な問題が起きています。
顧客自身が、その仕事をどう発注すればいいのかをまだ知らないのです。
新市場における営業の重要な役割は、すでに存在する需要を刈り取ることだけではありません。
顧客に、その市場の商品やサービスを正しく発注できる能力=「発注力」を創造することです。
重要な前提
欲しいことと、発注できることは違う
顧客が課題を認識しているからといって、そのまま発注できるわけではありません。
たとえば、
- 「AIを業務に導入したい」
- 「採用をもっと強くしたい」
- 「ブランドを作り直したい」
- 「新規事業を立ち上げたい」
という欲求があったとします。
しかし、実際に数百万円、数千万円の発注をするためには、もっと多くのことが理解できている必要があります。
- 何を依頼すればいいのか
- どこまでを今回のスコープにするのか
- どんな進め方になるのか
- 自社では誰が参加する必要があるのか
- 途中で何が出来上がるのか
- 何をもって成功とするのか
- どこが難しくなりそうなのか
- どんな会社に頼むべきなのか
- この金額を払うと何が手に入るのか
これらがわからないままでは、人はなかなか発注できません。
つまり、課題認識と購買能力の間には大きな距離があります。
成熟市場では、この距離がすでに社会によって埋められています。
オフィスを移転するとき。Webサイトを作るとき。会計システムを導入するとき。
発注経験がなくても、おおよその商品カテゴリ、価格感、進め方、比較軸を想像できます。
しかし新しい市場では、その共通知識がまだありません。
顧客が買いたくないのではなく、買い方がまだわからないのです。
成熟市場では「選ばれる営業」、新市場では「選べるようにする営業」
成熟市場では、営業の中心は比較の中で選ばれることです。
顧客はすでに、「こういうものを買いたい」と理解しています。
そのため営業は、
- 自社の特徴
- 他社との違い
- 価格
- 導入実績
- サポート品質
などを伝えればよい。
一方、新市場ではその前段階があります。
顧客自身が、
- 「そもそも何を比較すればいいのか」
- 「どういう状態なら買っていいのか」
を理解していません。
だからいきなり、「弊社の強みはこれです」と説明しても、その強みを評価するための物差しが相手の中にない。
新市場では、競合より優れていることを説明する前に、
顧客が市場そのものを理解し、正しく比較・選択できる状態を作る必要があります。
営業の仕事が一段増えるのです。
発注できない理由を「信用」にまとめない
案件が進まないと、
「まだ信用されていないんですよね」
という話になりがちです。
しかし「信用」は便利すぎる言葉です。
もう少し具体的に考えた方がいい。
自分が相手の立場だったとして、今日この場で発注できないとしたら、何が足りないのか。
- 本当にできるかわからない
- 成果物が想像できない
- 費用対効果がわからない
- 自社側の負担が見えない
- 他の方法と比較できない
- 社内で説明できない
- プロジェクトがどう進むかわからない
- この会社に頼む理由だけがわからない
これらはすべて違う問題です。
そして、それぞれ解決方法も違います。
「信用を得よう」
より、
「何のイメージがまだついていないのだろう」
と考えた方が、営業活動は具体的になります。
発注力を作ることと、顧客を説得することは違う
ここは重要です。
発注力を上げる目的は、何としてでも自社を買わせることではありません。
顧客が正しく意思決定できる状態を作ることです。
理解が深まった結果、
「これはまだやらない方がいい」
「この部分は内製できる」
「今回は別会社の方が適している」
となることもあります。
それでもよい。
逆に、実際には外部の専門家が必要なのに、
「まず社内だけでやってみます」
と判断して半年止まるなら、それも顧客にとっては判断ミスかもしれません。
専門家として、
- どこまでは自社でできるのか
- どこから難易度が上がるのか
- どんな体制なら成功率が上がるのか
- 何にお金を払う意味があるのか
を明らかにする。
その上で、
「だったらここは一緒にやった方がいいですね」
と顧客自身が判断できる状態を作る。
良い営業は、意思決定を代行しません。
意思決定の質を上げます。
顧客が何を「買う」のか・買えるのか、を先に考える
新しいプロダクトを売ろうとするときにも同じです。
売り手はつい、
「このプロダクトの強みは何だろう」
「競合との差別化ポイントは何だろう」
から考えます。
しかし顧客は、そのプロダクトカテゴリ自体を欲しがっているとは限りません。
「AI評価ツール」を買いたいのではなく、
- AIを早く実用化したい
- 作ったAIが本当に使えるか知りたい
- 大量のAIを安全に管理したい
- PoC止まりを減らしたい
のかもしれない。
「コンサルティング」を買いたいのではなく、
「新規事業で半年無駄にする確率を下げたい」
のかもしれない。
新市場では特に、
売り手が売っているものと、顧客が買いたいものの名前が一致していない
ことが多い。
だから自社の商品カテゴリから考えるのではなく、
「この顧客は、どんな結果や状態を買おうとしているのか」
から考えます。
これも顧客の発注力を作る上で欠かせません。
「発注できる状態」とは何か
発注力とは、単に稟議書を書けることではありません。
大きく分けると、少なくとも次の4つがあります。
1. 課題を切り出せる
「DXしたい」「AIを使いたい」のような大きなテーマから、何を変えれば事業上意味があるのかを特定できる状態です。
新市場では、最初に提示される課題がそのまま正しいスコープとは限りません。
「全部やりたい」と言われたときには、
- 「全部改善されないと成果が出ないのか」
- 「どこから始めると最も意味が大きいのか」
- 「どこなら早く学習できるのか」
を一緒に考える必要があります。
発注できる人は、問題を適切な大きさに切り出せます。
2. 買った後を想像できる
発注後に何が起きるかをイメージできることです。
- 最初に何をするのか
- 1か月後には何が見えるのか
- 途中で何を判断するのか
- 自社から誰を出すのか
- どんな失敗が起こり得るのか
- 最終的に何が残るのか
人は、未来を想像できないものには大きなお金を払いにくい。
「500万円です」という金額だけを見ると高く感じても、「この体制で3か月進めると、ここまで判断可能になり、この成果物が残る」まで見えれば判断できます。
発注できない状態とは、しばしば購入後の世界が見えていない状態です。
3. 良し悪しを判断できる
新市場では、ベンダー選定そのものも難しくなります。
- 何ができる会社なのか。
- 何を質問すれば実力がわかるのか。
- 何を約束している会社が危ないのか。
その判断軸が顧客側にない。
だから営業側は、自社に都合のいい比較表を作るだけでは足りません。
むしろ、
- 「このタイプの案件なら、ここを確認した方がいい」
- 「実装能力だけでなく、この能力も必要になる」
- 「この条件なら内製でも十分できる」
と、市場の見方そのものを渡す必要があります。
これは一見、自社を比較されやすくする行為です。
しかし専門市場では、顧客の判断能力を上げた結果として自社が選ばれる方が、長期的には強い営業になります。
4. 社内で意思決定できる
担当者本人が理解していても、組織として発注できるとは限りません。
上司から、
「それで何が良くなるの?」
「なぜ今やるの?」
「なぜその会社なの?」
「自社ではできないの?」
と聞かれます。
営業は、担当者を説得するだけでは不十分です。
担当者自身が社内で説明できる状態まで作る必要があります。
言い換えれば、営業相手を、
相談者から、社内で発注を成立させられる担当者へアップデートする。
ここまでが新市場における営業活動です。
Do&Dont’s
| するべきこと | しないべきこと |
|---|---|
| 顧客が「なぜ今発注できないか」を具体化する | 「まだ信用されていない」で一括りにする |
| 顧客が買った後の進み方・成果物・体制を見えるようにする | 商品説明や機能説明だけで終わる |
| 顧客が何を買いたいのかを、商品名ではなく結果・状態で捉える | 自社の商品カテゴリを前提にニーズを解釈する |
| 課題を適切なスコープに切り分ける | 顧客が出してきた要望一覧をそのまま受け取る |
| 専門家側から進め方・論点・判断軸の仮説を渡す | 「要件を教えてください」と聞くだけにする |
| 商談ごとに顧客の理解度・判断力を上げる | 自社理解・好感度だけを上げようとする |
| 必要ならプロトタイプで「発注後の世界」を先に見せる | 無目的に無料開発を続ける |
| 顧客が社内で説明・稟議できる状態まで支援する | 目の前の担当者だけを説得する |
| 自社でやる領域と外部に頼る領域を明確にする | 何でも外注させようとする |
| 正しい意思決定ができる材料を渡す | 受注させるために判断を誘導する |
| 売り手自身が受注後のプロジェクトを具体的に描けるようにする | 営業とデリバリーを完全に分離して考える |
| 顧客を「発注できる担当者」に育てる | すでに発注方法を知っている前提で売る |
新市場営業の役割
新市場では「聞く」だけでは営業にならない
営業では「顧客の話をよく聞け」と言われます。
もちろん重要です。
しかし、新市場では聞くだけでは進みません。
顧客自身が答えを知らないことが多いからです。
「どんな進め方を希望されていますか」
と聞いても、初めて発注する仕事なら答えられません。
「どんな要件でしょうか」
と聞いても、その要件を決めるために相談していることすらあります。
この状況では、専門家側から仮説を出す必要があります。
「この仕事なら、まずここを確認します」
「おそらくこの二つは別問題として考えた方がいいです」
「ここまでは比較的早くできますが、この先から御社固有の知識が必要になります」
「この人をプロジェクトに入れないと後半で止まりやすいです」
と伝える。
すると、顧客の頭の中に今までなかった構造ができます。
それまで「なんとなくAI導入」としか見えていなかったものが、
「最初に検証する部分」
「自社固有の知識が必要な部分」
「社内で準備するもの」
「外部に任せるもの」
へ分かれていく。
営業とは、情報を聞き出すだけではなく、
顧客が対象を理解するための解像度を渡す仕事でもあります。
60分の商談で、相手の発注力を上げる
新市場の商談では、会議前後で相手の理解度が変わっているかを見るとよい。
たとえば商談前には、
「AIでこの業務を自動化したいんですが、できますか?」
という状態だった顧客が、商談後には、
「まず既存データでどこまで再現できるか確認して、差分から不足している業務知識を特定する。そのために現場の担当者を一人入れる必要がある」
と理解していたとする。
まだ発注はされていません。
しかし営業としては大きく前進しています。
相手が、発注可能な状態に近づいているからです。
新市場の営業では、毎回の商談について、
「どれだけ好かれたか」
「どれだけ自社を説明できたか」
だけを見るのではなく、
相手がどれだけ正しい意思決定をできる人になったか
を見る方がよい。
商談を数回重ねて、顧客を「発注できる担当者」にしていく。
これが重要な営業プロセスになります。
プロトタイプは技術検証だけではなく、発注力を作る
新市場では、説明だけで顧客に未来を想像してもらうのが難しいことがあります。
そこで強力なのがプロトタイプです。
プロトタイプというと、
「技術的にできるか確認するもの」
という印象があります。
しかし営業上は別の価値があります。
顧客が実物を見ることで、
「こういう出力になるんだ」
「ここまではもうできるんだ」
「逆にここからが難しいんだ」
「この情報が足りていないんだ」
と理解できる。
抽象的だった仕事が具体化されます。
つまりプロトタイプは、
買った後の世界の一部を、発注前に体験してもらう装置
でもあります。
資料を10枚増やすより、粗い出力を一つ見せた方が発注力が上がることもあります。
もちろん、発注前に無料で開発し続ければいいわけではありません。
すでに十分判断できる状態なら契約すればいい。
重要なのは、
「この顧客が意思決定するために、何がまだ見えていないのか」
に応じて手段を選ぶことです。
売り手にも「発注後を描く力」が必要になる
当然ながら、顧客に発注後のイメージを渡すためには、売り手自身がそのイメージを持っていなければなりません。
自分自身が、
「受注したら、どう進めればいいんだろう」
と思っている状態では、顧客も安心して発注できません。
そのため新市場の営業には、単なる説明力だけでなく、
- プロジェクト設計
- スコープ設計
- リスク把握
- 成果定義
- 必要体制の設計
といった能力が必要になります。
「営業」と「デリバリー」が完全に切り離しにくいのも、新市場の特徴です。
プロジェクトを頭の中で一度進行させられる人ほど、
「最初にここをやって、ここで判断して、ここから先はこうなる」
と説明できます。
その説明自体が顧客の発注力を上げます。
新市場における営業の成果をどう見るか
成熟市場なら、
商談数
→ 提案数
→ 受注数
というファネルだけでも営業活動を見やすい。
新市場では、その間にもう一つ見るべき変化があります。
顧客の理解状態の変化です。
最初は、「なんとなく興味がある」だったものが、「自社のどの課題に使うのか理解した」になる。
次に、「どういう進め方なら実現できるかわかった」になる。
さらに、「何を外注し、何を自社でやるべきかわかった」になる。
そして、「この会社にこの範囲を発注すればいい」になる。
この変化が起きて初めて発注が可能になります。
新市場の営業は、見込み顧客を説得しているというより、
曖昧な需要を、発注可能な形へ変換している
と捉えた方が実態に近いのです。
まとめ
市場が新しいほど、顧客には課題があっても発注経験がありません。
- 何を買うべきか。
- どう進めるべきか。
- 何を比較するべきか。
- 誰に頼むべきか。
- いくらなら妥当なのか。
- 発注したあと何が起きるのか。
これらがわからない状態で、商品の魅力だけを説明しても発注は進みません。
だから新市場における営業は、
- 顧客の課題を聞き、
- 市場の見方を渡し、
- 問題を切り分け、
- 進め方を描き、
- 必要なら実物を見せ、
- 成果と体制を具体化し、
- 社内で意思決定できる状態まで伴走する。
つまり、新市場における営業の役割は、顧客に「発注力」を創造することです。
需要を生み出すだけでは足りない。
その需要を、顧客自身が正しく発注できる状態まで育てる。
新市場では、そこまで含めて営業です。