この知恵で考えられること
- 原因は何か - 誰が悪いのか - どういう性格なのか - なぜそうしたのか - 結局どういうことなのか
人は、分からない状態にあまり強くない。
何か問題が起きると、
- 原因は何か
- 誰が悪いのか
- どういう性格なのか
- なぜそうしたのか
- 結局どういうことなのか
を早く確定したくなる。
答えがあると安心するからだと思う。
ただ、難しい問題ほど、早く答えを出すことが必ずしも知的とは限らない。
むしろ重要なのは、
まだ分からないものを、分からないまま持っておけること
だったりする。
人は「分からない」を終わらせたがる
答えが出ると、とりあえず安心できる
たとえば仕事でミスが起きた時。
- 確認不足だった
- 当事者意識がなかった
- コミュニケーション不足だった
- スキルが足りなかった
と原因が決まると、一旦話は終わる。
人間関係でも同じで、
- あの人は自分勝手
- あの人は話し合えない
- 相性が悪い
- 性格が悪い
と名前をつければ、状況は理解できた感じになる。
でも、名前がついたことと、本当に理解できたことは別。
説明には、事実を理解する以外の効用がある
人が原因を求める時、必ずしも純粋に問題解決だけをしているわけではない。
「何が起きているか分からない」という状態自体が不快だから、説明を求めていることもある。
この欲求は心理学では認知的完結欲求として扱われる。
要するに、
何でもいいから、理解可能な形に閉じたい。
という力が人間にはある。
だから、情報が十分でなくても結論は作れる。
「なぜ?」に本人が答えられるとは限らない
人間は、すべての行動に明確な理由を持っているわけではない
「なんでそうしたの?」と聞けば、理由が出てくると思いがちだ。
でも実際には、
- その時なんとなくそうした
- 疲れていた
- いつもの癖だった
- 気づいていなかった
- 無意識に避けていた
- その瞬間は深く考えていなかった
という行動は大量にある。
そこで「ちゃんと理由を説明して」と求めると、本人も後から説明を作るしかなくなる。
感情を理解することと、理由を解明することは別
「悲しいんだね」は成立しても、
「なぜ悲しいのかを完全に説明して」
まで行くと難しいことがある。
感情や行動が存在していることと、それを本人が因果関係として説明できることは別。
だから、相手の説明能力を、そのまま相手の自己理解の深さだと思わない方がいい。
難しい問題ほど、すぐには閉じない
一つの原因に回収すると情報が消える
たとえば、ある人が仕事を続けられない。
それを、
本人の根気がないから
で閉じれば簡単。
でも実際には、
- 業務との相性
- 睡眠
- 上司との関係
- 評価制度
- 生活費
- 自己期待
- 家庭環境
- 過去の成功体験
など、いくつもの要素が重なっているかもしれない。
複雑な問題を一つの答えにまとめると、理解しやすくなる代わりに現実をかなり捨てる。
「まだ分からない」を残す
こういう時に、
今見えている範囲では、これが一因っぽい。
でもまだ分からない。
と置けるかどうか。
この「まだ」を残せることが結構大事だと思う。
結論を保留するのは、何も考えていないわけではない。
むしろ、
- 仮説は持つ
- でも確定しない
- 新しい事実が出たら更新する
- 違和感があれば保存しておく
という、かなり能動的な態度。
答えを出すと、観測が止まる
「この人はこういう人だ」ができると、その後もそう見える
一度、
この人は責任感がない
と思うと、その人の次の行動も責任感のなさとして解釈しやすくなる。
逆に責任感のある行動をしても、
今回はたまたま
として捨てることもできる。
人間は、一度作った説明に新しい情報を合わせるのがうまい。
だから「分かった」と思った瞬間から、観測の精度が落ちることがある。
問題を解き続けるには、問題を閉じない必要がある
新規事業でも似ている。
- この市場には需要がない
- このユーザー層は使わない
- この機能が原因
- 価格が高いから売れない
と早く決めると、次に見るものもその仮説に寄っていく。
本当に難しい問題は、
これなのか?
いや違うかもしれない。
こっちなのか?
でもこのケースは説明できない。
を長く続けることになる。
それを途中で嫌にならず持っていられるか。
知性は、問題を長期間持ち運べることでもある
今すぐ解けなくても捨てなくていい
昔分からなかったことが、数年後に突然つながることがある。
- 別の仕事を経験した
- 全然違う本を読んだ
- 別の人を見た
- 自分の立場が変わった
ことで、以前の疑問が急に理解できる。
これは、その問いを完全に捨てていなかったから起きる。
答えではなく、問いを保存する
難しい問いに対して、
分からないから一旦終わり
ではなく、
分からないけど、これはまだ持っておこう
とする。
その問いを持ったまま別の経験をする。
すると、新しい出来事が全部その問いに対する追加データになる。
知識量とは別に、この「長期間問いを持っておく力」にはかなり差があると思う。
分からないことを、分からないまま扱う
不確実さを消さなくても行動はできる
「分からないままでは動けない」と思いがちだけど、実際にはそんなことはない。
- 仮説Aが60%
- 仮説Bが30%
- まだ分からない部分が10%
くらいでも次の行動は選べる。
全部を確定してから動く必要はない。
むしろ、
分からないから、この観測を増やそう
と動けばいい。
早く答えることと、よく考えることは違う
頭の回転が速い人ほど、説明を作るのも速い。
でも難しい問題では、それが逆に罠になることもある。
知性は、
- 答えをたくさん知っている
- すぐに原因を説明できる
- その場で結論を出せる
だけではない。
答えが出ない状態に耐えながら、観測を続け、問いを持ち運べること。
それもかなり大きな知性だと思う。