この知恵で考えられること
- 仕事がない - 友達がいない - 能力がない - モチベーションがない - 理解してくれる人がいない - 選択肢がない
何かに困った時、人はかなり簡単に「ない」で状況を説明する。
- 仕事がない
- 友達がいない
- 能力がない
- モチベーションがない
- 理解してくれる人がいない
- 選択肢がない
もちろん、本当に不足していることもある。
ただ、「ない」という説明は思っている以上に情報量が少ない。
状況を理解したり変えたりしたいなら、まず「何がないか」ではなく、何があるのかから見た方がいい。
「ある」と「ない」は同じ種類の情報ではない
「ある」は一つ見つければいい
あるものを証明するのは比較的簡単だ。
黒い白鳥が一羽見つかれば、「黒い白鳥は存在する」と言える。
誰か一人でも自分を気にかけている人が見つかれば、「自分を気にかけている人が誰もいない」とは言えなくなる。
一方で「ない」を証明するのは難しい。
- この世に黒い白鳥はいない
- 自分に向いている仕事はない
- 自分を面白いと思う人はいない
- この方法では絶対にできない
と言うには、本来かなり広い範囲を調べなければならない。
だから科学でも基本的には、
- ○○が観測された
- この条件では○○が確認できなかった
とは言えても、「○○は存在しない」と言い切るのは難しい。
日常では「確認できない」が簡単に「ない」へ変換される
ところが普段の生活では、
見つけられていない
↓
分からない
↓
ない
という変換がかなり簡単に起きる。
「仕事がない」という時も、本当に求人が一件もないことはほとんどない。
実際には、
- やりたい仕事がない
- この給与以下ではやりたくない
- 自分ができると思える仕事がない
- 今までのキャリアを捨てていいか分からない
- 何をやりたいのか自分でも分かっていない
など、別の状態であることが多い。
でも全部を「仕事がない」とまとめると、状況の解像度が一気に落ちる。
「ない」は思考を終わらせやすい
最も簡単な説明になりやすい
「ない」は便利な結論でもある。
- 才能がないからできない
- 人脈がないから進まない
- やる気がないから動かない
- 相性が悪いから仕方ない
と言えば、一旦説明は終わる。
でも説明が終わっただけで、現象を理解できたわけではない。
むしろ分からない時ほど、
何かは起きている。
ただ、まだ何が起きているか分かっていない。
くらいに置いておいた方がいいことが多い。
「説明がつかない」は、何もないという意味ではない
たとえば、本人に「なんでそうしたの?」と聞いても、本人も分からないことがある。
その時に、
- 考えていない
- 理由がない
- 意味不明
と処理することもできる。
でも実際には、
- 習慣
- その場の感情
- 身体状態
- 過去の経験
- 無意識の期待
- 周囲との関係
など、本人が言語化していない力学が動いているかもしれない。
説明できないことと、何も存在しないことは違う。
状況は「あるもの」からしか変えられない
まず現在存在しているものを見る
問題を解こうとすると、つい不足を探す。
たとえば「友達がいない」という問題なら、
どうやったら友達を作れるか
と考える。
でも、その前に確認できることはかなりある。
- 普段誰と話しているか
- 誰とは自然に長く話せるか
- オンラインでは誰と交流しているか
- 何をしている時に人が集まってくるか
- どんな人なら本人も面白がれるか
- 本人を面白がっている人はいないのか
これを調べると、「友達がゼロ」という問題ではなくなるかもしれない。
実際には、
関係はあるが本人が友情として認識していない
とか、
人とはつながっているが、一緒に遊ぶ対象がない
という問題かもしれない。
そうなれば、打ち手も全然変わる。
欠損を作る前に、配置を疑う
能力についても同じ。
「能力がない」と考える前に、
- 何ならできているのか
- どの環境ではできるのか
- 誰とならうまくいくのか
- 何をしている時だけ異様に速いのか
を見る。
すると必要なのは能力開発ではなく、
- 仕事を変える
- 組み合わせを変える
- 担当を変える
- 環境を変える
だけかもしれない。
新しく何かを足すより、すでにあるものを並べ直した方が速いことはかなりある。
「ない」を解こうとする前に「ある」を集める
何があるかからしか、実際の状況は説明できない
現実に起きていることは、存在しているもの同士の相互作用で起きている。
だから問題が分からなくなった時ほど、
- 何が起きたか
- 誰がいるか
- 何を持っているか
- 何ができているか
- どんな時だけ成立するか
- 何が繰り返し起きているか
を集め直す。
それでも説明できなければ、
まだ何か観測できていない「ある」が存在する
と考える。
「ない」を埋めようとすると、存在しないものを相手に考え続けることになる。
「ある」を探すと、少なくとも現実に触れられる。
「何がない?」ではなく「何がある?」
これは楽観的に考えようという話ではない。
「友達がいるから幸せだと思おう」とか、「仕事はいっぱいあるから悩むな」という話でもない。
むしろ逆で、状況をなるべく正確に見るための話。
「ない」という大きな言葉で閉じる前に、
今ここには、一体何があるのか。
をもう一度見直す。
世界を動かす材料は、基本的にそこにしかない。