この知恵で考えられること
ただ、ある程度複雑なことになると、言葉をいくら精密に読んでも外すことがある。
人と話していると、相手の言葉から相手を理解しようとする。
「こう言ったということは、こう思っているんだろう」
「この言い方をしたということは、私にこれを求めているんだろう」
もちろん、それで分かることもある。
ただ、ある程度複雑なことになると、言葉をいくら精密に読んでも外すことがある。
最近、それは当然なのかもしれないと思うようになった。
言葉は、その人が見ている世界そのものではない。
その人が見えているもの、見えていないもの、過去に経験したこと、今置かれている状況、体力、時間、お金、役割。
そういう大量のものを通って、最後にほんの一部だけが言葉になって出てくる。
だったら、言葉の意味を解読するより、
その言葉が自然に出てくる世界を、一度こちら側で作ってみた方が早い。
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相手の言葉から、相手を推論しすぎない
猫が机の上を見ていないなら、猫の性格を分析する必要はない
自分が人を見る時にやっていることを考えていて、一番近かったのが猫だった。
猫が何か変な動きをしている時、
「この猫はいま何を考えているんだろう」
と、猫の発言から推論することはできない。
だから自然と、
猫の目の高さはここにある。
ここから机の上は見えていない。
この音は聞こえている。
さっきここから人が出ていった。
腹は減っているかもしれない。
みたいに、その猫が置かれている状況から考える。
人間相手でも、たぶんかなり同じことをしている。
本人の言葉を無視するわけではない。
言葉も、その人から世界がどう見えているかを知るための一つの観測値として使う。
ただ、
「この発言をした」
だから
「この人はこう考えている」
という一直線の推論にはあまり乗らない。
本人の発言よりも先に、**その人の場所から、何が見えていそうか。**を作ってみる。
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発言の裏を読むのではなく、発言が生まれた景色を見る
「私にもっと売上を作れと言っているのか?」だけでは、ほとんど何も分からない
ある会社で、事業がかなり安定してきた時期があった。
以前よりやることが減ってきて、経営メンバーの役割も少し曖昧になっていた。
そんな中で会話をすると、「私にもっと売上を作ってほしいのかな」と感じることがあるとする。
ここで相手の発言だけを見ると、
「本当はもっと働けと言いたいのではないか」
「何か不満を遠回しに伝えているのではないか」
みたいな読み合いが始まる。
でも、一度それをやめて状況を並べてみる。
- 事業は、立ち上げ期から安定運用へ移りつつある。
- 以前はみんなで解かなければいけなかった大きな問題が減っている。
- 共同作業も減っている。
- 報酬体系は、以前の働き方を前提にしたまま残っている。
- それぞれに次にやりたいことも出てきている。
- 会社には少しずつお金も貯まり始めている。
この世界を作ってみると、「もっと売上を作れ」という隠れたメッセージを仮定しなくても、会話の違和感はかなり説明できる。
単純に、以前は噛み合っていた役割・報酬・関係性が、事業の変化によって少しずつ浮き始めている。というだけかもしれない。
相手の心の中に秘密の要求があると考える必要がない。
むしろ、「この状況なら、お互いに少し居心地が悪くなるのは普通だよね」と考えた方が自然だったりする。
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人の気持ちを読むことと、世界を再現することは少し違う
共感するというより、その人の視界を一度借りる
これは「相手の気持ちを想像しましょう」という話とは少し違う。
感情だけを想像すると、
- 「寂しいのかな」
- 「怒っているのかな」
- 「不安なのかな」
という心理当てゲームになりやすい。
もちろん感情も重要だけれど、それもその人が置かれた世界の一部でしかない。
たとえば、
- 一緒に作っていた事業が安定し始める。
- 自分がいなくても回るものが増える。
- 別の人との仕事が増える。
- 自分自身にも新しいことを始めたい気持ちがある。
その一方で、まだ次のものは形になっていない。
こういう状態なら、本人が「寂しい」と自覚するより先に、**「これ、終わっていくんだな」**という感覚だけが生まれることがある。
その結果、
- 相手のちょっとした発言が妙に気になる。
- 役割の話をしたくなる。
- 以前よりコミュニケーションの薄さが気になる。
そういう現象が起きてもおかしくない。
感情の名前から推論するより、その感情が生まれてもおかしくない状況を再現する。
その方が、本人すら言葉にしていないものまで扱いやすい。
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この見方は、人間関係だけではなくマーケティングでもほぼ同じ
「高い」と言われた時に、値段だけを見るとたいていズレる
フォトブースを法人に売る話をしていた時にも、同じことが起きた。
たとえば100万円の商品が売れない。
言葉だけを取れば、「高い」となる。
すると普通は、
- 値下げするか。
- 価値をもっと説明するか。
- 営業を頑張るか。
という話になる。
でも、その会社側から見えている世界を考えてみる。
- まだ一度も使ったことがない。
- 社内でどの程度使うかも分からない。
- イベント予算は案件ごとに取っている。
- 100万円なら稟議が必要になる。
- 担当者自身も、導入後の運用を説明できない。
- この状態で100万円を払えと言われる。
だったら、買わないのはかなり自然だと思う。
一方で、
- まず一度8万円で使う。
- 実際に社員が楽しむ。
- また送別会が発生する。
- もう一度使う。
- 気づいたら年間で何度も利用している。
- 一定金額を超えたところで、
- 「それなら機材を持った方が安いですよ」
- と言われる。
同じ100万円でも、まったく違うものに見える。
ここでもやっていることは、価格を分析することではない。
その価格が、相手からどう見えているかを再現すること。
マーケティングが得意というより、この移動を繰り返しているだけなのかもしれない。
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解決策を考える前に、複数人から同じものを見てみる
良い策を出すより、「今あるものが誰から何に見えているか」を揃える
組織でも事業でも、つい解決策から考えたくなる。
でも実際には、
- 経営者から見た会社。
- 現場から見た会社。
- 顧客から見たサービス。
- 初回顧客から見た価格。
- 既存顧客から見た価格。
- 作った本人から見たプロダクト。
初めて見た人から見たプロダクト。
で、同じものがまったく違うものに見えている。
ここを飛ばして、「こうすればいい」を考えても、たいてい誰かにとって不自然になる。
逆に、複数の視点から同じものを見てみると、解決策をひねり出さなくても、
- 「これだと動かないよね」
- 「ここだけ変えれば自然に動くね」
という場所が見つかる。
自分の感覚では、良い策を思いついているというより、物の配置を少し動かしている感覚に近い。
誰かを説得するのではなく、
- 動きたくなる場所に置く。
- 買いたくなる順番にする。
- 話しやすい問いにする。
- 役割と報酬を一致させる。
そうすると、本人が普通に動く。
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相手の視点を見るには、言葉以外の条件を増やしていく
「何と言ったか」より「どんな1日を生きているか」を足してみる
人の視界を再現する時、考えられる材料はかなり多い。
たとえば、
- 何時に起きているか
- 最近何に時間を使っているか
- 誰とよく話しているか
- 何にお金を使えるのか
- 何を失うと困るのか
- 過去に何がうまくいったか
- 何で失敗したことがあるか
- 今どんな責任を背負っているか
- どこまでの情報を持っているか
- 逆に何をまだ知らないか
- 今の仕事は本人にとって挑戦なのか、作業なのか
- 何かが始まりそうなのか、終わりそうなのか
こういうものを置いていく。
すると、同じ文章でも意味が変わってくる。
大事なのは精密な人物モデルを作ることではない。
その人が見えていないものまで、自分には見えているという事実を忘れないこと。
自分には机の上が見えている。
でも猫には見えていない。
その差を、性格の問題にしない。
それだけでもかなり変わる。
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だから、自分の解釈をそのまま相手に投げない
深刻な時ほど、こちらが作った物語を相手に確認したくなる
この見方が一番役に立つのは、自分が何かに引っかかっている時かもしれない。
たとえば、
- 「私のこういうところが嫌なんでしょ?」
- 「本当はもっと関わってほしいんでしょ?」
- 「私が動いていないことに不満があるんでしょ?」
と聞きたくなる。
でも、これは質問の形をしているだけで、実際には自分が作った世界を相手に提出している。
しかも相手は突然その物語を渡されるので、
「いや、そんなことないよ」と反射的に答えやすい。
すると、本当は何かあったはずの違和感まで、「じゃあ何もなかった」に分類されて終わってしまう。
せっかくヒントを見つけたのに、消してしまう。
だったら、
今、私の立場で動ききれてないところってある?
くらいまで、自分の解釈を抜いて聞いた方がいい。
あるいは、そもそも今聞く必要があるのかを考える。
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深刻な時には、一度刃をしまう
感情が強い時に見えている世界を、そのまま現実だと思わない
人は深刻になっている時ほど、認知的に世界を閉じたくなる。
「つまりこういうことだ」という結論が欲しくなる。
相手に送りたくなる。LINEなら数秒で送れる。Slackなら長文でも一瞬で届く。
だから、頭の中で一時的に作った世界が、そのまま二人の関係性になってしまう。
自分の場合、深刻になっていると気づいた時には、**「今は自分の頭がそんなに賢くない時間なんだな」**くらいに扱う方がいいと思っている。
感情を無視するわけではない。
怒っていてもいい。
寂しくてもいい。
その状態で見つけた違和感も、一旦持っておく。
ただ、それをすぐ世界の真実にしない。
一度刃をしまう。
しばらくして別の状態から同じものを見る。
それでも、「これは伝えた方がいい」と思えば伝える。
この一手間だけで、二次災害はかなり減る。
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言葉ではなく世界を見ると、相手を悪者にする必要が減る
「なぜそんなことをするのか」から「そう見えているなら、そうするよね」へ
人間関係がこじれる時、相手の行動を相手の人格で説明し始めることが多い。
- 冷たい。
- 無責任。
- 理解がない。
- 欲張り。
- 依存している。
でも状況を少し丁寧に置いてみると、「その世界が見えているなら、その行動になるのは結構自然だな」となることがある。
もちろん、理解できれば何でも許さなければいけないわけではない。
距離を取ることもある。
契約をやめることもある。
相手に変えてほしいこともある。
ただ、**理解することと、評価することを一度分けられる。**この差はかなり大きい。
相手を間違っていることにしなくても、
構造を変えれば済む問題がかなりある。
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人を見ることは、その人の中を見ることではないのかもしれない
人の内面より、その人と世界の接点を見る
長い間、人を理解するとは、その人の中に何があるかを知ることだと思っていた。
- 性格。
- 価値観。
- 欲求。
- 感情。
- 本音。
もちろん、それらもある。
ただ実際に役に立っているのは、その人が世界のどこに立っていて、そこから何が見えているかを見ることの方なのかもしれない。
人の頭の中を覗こうとすると、かなり難しい。
でも、
- この人はここにいる。
- ここまでは見えている。
- これはまだ知らない。
- これを過去に経験した。
- 今これが終わりそうに見えている。
- こっちは始まりそうに見えている。
と置いていけば、
完全には分からなくても、その人の行動がずいぶん自然に見えてくる。
そしてこれは、人だけではなく顧客にも、組織にも、事業にも使える。
言葉を理解する能力より、異なる存在から見えている景色を、一時的に自分の中に作れる能力。
自分がマーケティングや事業、組織や人間関係で繰り返し使っているものを一つにまとめるなら、たぶんこれなんだと思う。
言葉は見る。
でも、言葉だけでは決めない。
その人の場所まで移動して、一度そこから世界を見てみる。