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世界をわかったつもりになると、生存に悩み、存在しない問題まで解き始める

- 仕事を覚える。 - 社会の仕組みを知る。 - 人間関係のパターンを知る。 - 自分が得意なこと、苦手なことを知る。

この知恵で考えられること

- 仕事を覚える。 - 社会の仕組みを知る。 - 人間関係のパターンを知る。 - 自分が得意なこと、苦手なことを知る。

何かを理解することは、基本的には良いことだと思う。

  • 仕事を覚える。
  • 社会の仕組みを知る。
  • 人間関係のパターンを知る。
  • 自分が得意なこと、苦手なことを知る。

ただ、ある程度世界が分かってきた後に、少し危ないことが起きる。

自分が理解した世界を、世界そのものだと思い始める。

そうなると、その先で考えることは「他に何があるか」ではなくなる。

この世界の条件の中で、どううまく生きるか。

という生存戦略になる。

そして、その前提自体が間違っていると、本当は存在しない問題の中でずっと悩むことになる。

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条件を固定すると、その中での生存が始まる

パンが3つしかないなら、配分は重大な問題になる

たとえば、ここにパンが3つある。

  • パンは3つしかない
  • 新しく増えることはない
  • 3人で3日間生きなければならない

という条件が本当なら、

  • 誰がどれだけ食べるか
  • 今日食べるか明日に残すか
  • 平等に分けるか
  • 一番弱っている人を優先するか

を真剣に考える必要がある。

この世界の中では、配分問題は本物。

でも、隣の部屋にパンが100個あったらどうだろう。

それまでの議論は全部、存在しない制約の中で行われていたことになる。

前提が変われば、問題そのものが消える

こういうことは日常でも結構起きる。

  • 東京で働き続けるなら、家賃と給与をどう両立するか
  • 正社員でいるなら、仕事と家庭をどう両立するか
  • 結婚生活を続けるなら、どちらがどこまで我慢するか
  • この会社に残るなら、どうやって評価を上げるか
  • この職種で生きるなら、何のスキルを身につけるか

それぞれ、その前提の中ではちゃんとした問題。

ただ、

  • そもそも東京にいる必要はあるのか
  • 正社員である必要はあるのか
  • この関係をこの形で続ける必要はあるのか
  • この会社に残る必要はあるのか
  • この職種を続ける必要はあるのか

まで戻ると、問題の形自体が変わることがある。

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大人になるほど「世界はこういうもの」が増える

経験は、世界を広げると同時に狭める

子どもの頃は、そもそも何が可能なのかがよく分かっていない。

だから、

  • こんな仕事もあるんだ
  • こんな人もいるんだ
  • こんな場所もあるんだ
  • こんな生き方でもいいんだ

と、世界が増えていく。

大人になると逆に、

  • 仕事とはこういうもの
  • 会社とはこういうもの
  • 結婚とはこういうもの
  • 人間はだいたいこう
  • 世の中はそんなに甘くない

という理解が増えていく。

それ自体は経験から得た知恵でもある。

ただ、その知恵がいつの間にか、

それ以外は存在しない

に変わると、一気に窮屈になる。

「現実を見る」が「自分のモデルだけを見る」に変わる

よく「現実的に考えよう」と言う。

でも、現実的に考えているつもりで、実際には過去に作った自分の世界モデルの中だけで考えていることがある。

  • 昔なら正しかった
  • 多くの人には正しい
  • 今の環境では確率が高い

ということと、

他の可能性は存在しない

は全く別の話。

経験を積むほど世界が見えるようになる一方で、見えている範囲だけを世界だと思いやすくもなる。

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存在しない二択が生まれる

固定された世界では、選択肢が減る

世界の前提を固定すると、人生は資源配分の問題として見え始める。

  • 仕事か家庭か
  • 安定か挑戦か
  • お金か自由か
  • 都会か地方か
  • 恋愛か友情か
  • 自分か他人か

実際にトレードオフがある場面ももちろんある。

でも、この二択自体が、自分の置いた条件から生まれていることもかなり多い。

たとえば、

東京で週5日出社し、今と同じ生活水準を維持しながら、新しいことをする

という条件を全部固定すれば、自由時間はほぼなくなる。

すると「安定か挑戦か」という問題になる。

でも、

  • 場所を変える
  • 生活コストを下げる
  • 働く日数を変える
  • 他人と暮らす
  • 仕事の種類を変える

のどれかを動かせば、そもそも二択ではなくなるかもしれない。

制約があるのではなく、制約を固定している場合がある

ここを混ぜると結構きつい。

本当に変えられない制約と、

今までそうしてきたから変えないもの

が同じ「制約」として扱われるから。

すると、自分で固定した条件に追い詰められて、

どうしてこんなに選択肢がないんだろう

となる。

実際には、選択肢が少ないのではなく、動かしていい変数を自分で減らしていることもある。

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制度は「世界の正解」ではない

制度は、特定の問題を解くために作られている

結婚、雇用、学校、会社、法律。

こうした制度は、かなり役に立つ。

たとえば結婚制度なら、

  • 財産
  • 相続
  • 子育て
  • 扶養
  • 責任

のような問題を扱いやすくする。

雇用制度も、

  • 毎月の給与
  • 労働時間
  • 社会保障
  • 責任範囲

を安定させる。

つまり制度は、ある問題を解決するためのかなり優秀な仕組み。

制度が作られた目的以上のことを期待するとおかしくなる

結婚という制度は、幸福そのものを保証しているわけではない。

正社員という制度も、仕事の面白さを保証しているわけではない。

学校も、学びそのものを保証しているわけではない。

それなのに、

  • 結婚しているから幸せな家庭がある
  • 正社員だから安定している
  • 学校に行っているから学んでいる

と、制度上の事実から別の状態まで推論してしまうことがある。

構造として観測しやすいものほど、現実そのものに見えやすい。

でも、制度はあくまで、ある時点の問題に対して作られた回答の一つでしかない。

固定された世界では、人も固定される

「この人はこういう人」から役割が始まる

世界だけではなく、人間関係でも同じことが起きる。

  • この人は頼れる人
  • この人は弱い人
  • この人は面倒を見る側
  • この人は稼ぐ側
  • この人は自由人
  • この人は真面目な人

と、一度役割ができる。

最初は実態に合っていたのかもしれない。

でも人間も環境も変わる。

それでも役割だけ残ると、

私はこういう人として振る舞わなければならない

が始まる。

自分で始めたペルソナから降りられなくなる

付き合い始めに相手に尽くした。

職場で何でも答えられる人として振る舞った。

家族の中でずっとしっかり者をやった。

それを長く続けると、途中で本人が変わっても降りづらくなる。

「昔自分で始めたんだから」という一貫性のために、今の自分を過去の自分に合わせ始める。

最初は自分で選んだ振る舞いだったものが、後から自分を縛るルールになる。

これも、固定された世界の中での生存だと思う。

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「この条件でどう生きるか」の前に、一度条件を見る

最適化する前に、何を固定しているかを確認する

問題にぶつかった時、

この条件で一番いい方法は何か

を考える前に、

  • この条件は誰が決めたのか
  • 本当に今も存在するのか
  • 変えてはいけないものなのか
  • 昔は必要だっただけではないか
  • 自分が勝手に固定していないか

を見る。

全部壊せばいいわけではない。

むしろ、変えられないものと変えられるものを正確に分けるためにやる。

世界は、自分が理解した範囲より広い

世界を理解することは必要。

でも、

私が理解できた世界 = 世界

にはしない方がいい。

自分が作った地図の中に道がないからといって、現実にも道がないとは限らない。

世界をわかったつもりになると、その地図の中でどう生存するかを考え始める。

そして、地図の中にある制約や二択を、本物の問題として一生懸命解き始める。

だから、うまく解けない問題ほど、

そもそもこの世界、本当にこうだったっけ?

と一度戻ってみる。

問題によっては、答えが見つかるのではなく、問題そのものがなくなる。

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