この知恵で考えられること
よく言われる話だけど、単純に人と出会う機会が減るからだけではない気がする。
大人になると、友達は作りにくくなる。
よく言われる話だけど、単純に人と出会う機会が減るからだけではない気がする。
子どもの頃は、そもそも「友達を作ろう」として友達になっていない。
- 知らないカードゲームを持ってくる
- 変な遊びを思いつく
- 行ったことのない場所に行く
- 新しい音楽を教える
- 虫を捕まえる
- 一緒に何かを作る
そうやって一緒に世界を広げていたら、結果として友達になっていた。
大人になると、この「一緒に世界を広げる種目」が急に減る。
だから、友達を作ること自体を目的にするより、何か事業を始める方がよほど友達を作りやすいんじゃないかと思う。
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子どもは、外の世界を一緒に見ている
友達は「自分を理解してくれる人」だけではない
大人になってから友情を語ると、
- 話を聞いてくれる
- 自分を理解してくれる
- 悩みを相談できる
- 気を使わずに話せる
みたいなものが中心になりやすい。
もちろんそれも大事。
でも子どもの頃の友達は、それだけではなかった。
むしろ、
そいつがいることで、自分の知らなかった世界が入ってくる
という役割がかなり大きかった気がする。
誰かが新しいゲームを持ってくる。
知らない漫画を教えてくれる。
急に「戦争ってあるんだよ」と言われて、自分が知らなかった世界があることを知る。
友達は、自分を理解してくれる存在であると同時に、自分の知らない世界を輸入してくる存在でもあった。
一緒に世界が広がるから、おもしろい
子どもの頃は、本人たち自身もまだ世界をよく知らない。
だから、誰かが何かを持ち込むたびに世界が増える。
- こんな遊びがある
- こんな場所がある
- こんな人がいる
- こんな考え方がある
- こんなことをしてもいい
その拡張自体がおもしろい。
友情は、その副産物として自然に発生する。
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大人になると、世界を広げる対象が減る
友達との時間が「内面の交換」に寄っていく
大人になると、ある程度生活が決まる。
仕事がある。
住む場所がある。
付き合う人がいる。
趣味もある。
自分がどういう人間なのかも、だいたい分かってくる。
すると友達との会話も、
- 最近仕事どう?
- 恋愛どう?
- 家族どう?
- 最近悩んでる?
- 今後どうする?
みたいに、自分たちの内面を交換するものになりやすい。
それはそれで楽しい。
ただ、「二人とも知らないものを一緒に見に行く」という時間は減る。
友達が作りにくいのではなく、共同探索が減っている
大人の友達作りというと、
- 交流会
- 飲み会
- 趣味コミュニティ
- マッチングサービス
のように、まず人を集めることを考える。
でも本当は、先に必要なのは人ではなく、
一緒に追いかける対象
なのかもしれない。
人だけ集めても、「で、何をする?」になる。
子どもの頃は、その「何をする?」が無限にあった。
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事業には、共同探索の条件が揃っている
事業は、分からないことだらけ
新しい事業を始めると、
- 本当に需要があるのか
- 誰が使うのか
- どう作ればいいのか
- 何がうまくいかないのか
- どこまで広がるのか
ほとんど分からない。
だから自然に、
- 調べる
- 試す
- 作る
- 人に会う
- 失敗する
- また考える
を繰り返す。
要するに、みんなで世界を確かめることになる。
この構造はかなり子どもの遊びに近い。
一緒に「確かめ中」でいられる
友達との会話だけなら、知っていることを交換して終わることも多い。
でも事業には、まだ答えがない。
「これどうなるんだろう」を一緒に持てる。
ある人は技術を持ってくる。
ある人は地域を知っている。
ある人は客を連れてくる。
ある人は変なアイデアを出す。
それぞれが世界を持ち込む。
だから事業を一緒にやると、その人自身だけではなく、その人を通じて見える世界がどんどん増える。
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先に人を集めなくてもいい
「この指止まれ」で始める
コミュニティを作る時には、
まず人を集めよう
と考えがちになる。
でも、個人的には逆の方が自然だと思う。
先に、
- こんなものを作りたい
- この問題を見てみたい
- この場所をこうしたい
- まだ誰もやってないけど、これ試したい
と動き始める。
すると、
それ、自分もやりたかった
という人が現れる。
やっていること自体がフィルターになる
たとえば、
- 森を管理する
- 新しい学校を作る
- 友情をテーマにしたサービスを作る
- 地方で新しい仕事を作る
- 変なイベントを始める
といった活動を始めると、その活動を面白がる人が集まる。
その時点で、ある程度「世界の見方」が近い。
つまり事業そのものが、
この未来に行きたい人を探すフィルター
になる。
「価値観の合う人を集めてから何かする」より、「何かを始めた結果、価値観の合う人が見つかる」方が自然なことも多い。
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コミュニティは、目的ではなく副産物でいい
友達を作るために集まる必要はない
「友達を作りましょう」と言われると、急に難しくなる。
誰と仲良くなるべきなのか。
何を話せばいいのか。
どこまで踏み込めばいいのか。
でも、
一緒に森を作りましょう
なら、とりあえず木を切ればいい。
このイベントを作りましょう
なら、場所を探したり、デザインしたり、客を呼んだりすればいい。
その途中で、
- この人おもしろいな
- こいつ、変なところ見てるな
- また一緒にやりたいな
- 次どうなるか見たいな
が勝手に生まれる。
友情は、その後でいい。
関係を作ろうとしない方が、関係ができることがある
仕事でも同じで、業務だけを効率的に分担すると人間関係は薄くなりやすい。
一方で、まだ正解がないものを一緒に作ると、相手の、
- 判断の癖
- 面白がるポイント
- 困った時の動き
- 得意なこと
- 変なこだわり
が見えてくる。
その人自身が立体的になる。
これは単に「一緒に働いたから仲良くなった」というより、一緒に未知を見たからだと思う。
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事業は、友達を増やす装置でもある
成果だけが事業のアウトプットではない
事業を始める目的は、普通は、
- 売上を作る
- プロダクトを作る
- 問題を解決する
- 社会を変える
といったものになる。
でも、実際にやっていると、それ以外のものもかなり残る。
- 一緒にやった人
- 途中で出会った人
- その人から知った世界
- 次に一緒にやりたい人
- 自分を面白がってくれる人
- 自分が続きを見たい人
事業が失敗しても、この部分は残ったりする。
未来を作ると、その未来に行きたい人が見つかる
事業のおもしろさは、未来を作ることだけではない。
何かに向かって動くことで、
その未来に一緒に行きたい人を発見できる。
という副作用がある。
大人になると友達が減るのは、友情の能力が落ちるからではないのかもしれない。
一緒に未知を見に行く機会が減っているだけかもしれない。
そう考えると、事業はかなり優秀な友達作りだと思う。
人を集めて友達になるのではなく、
一緒に世界を広げていたら、友達になっていた。
その構造を、大人になってからもう一度作れる種目が、事業なんだと思う。