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環世界/認知/人間/共生原則・概念

なぜ、相手が変わっても自分は(求めていないのに)同じ扱われ方をするのか

もちろん、要求することや怒ることを選んでいるのは相手である。ただ、少し不思議なのは、その相手が誰に対しても同じように振る舞っているとは限らない一方で、扱われる側は相手が変わっても似た関係になることがあるということだ。

この知恵で考えられること

もちろん、要求することや怒ることを選んでいるのは相手である。ただ、少し不思議なのは、その相手が誰に対しても同じように振る舞っているとは限らない一方で、扱われる側は相手が変わっても似た関係になることがあるということだ。

なぜ、相手が変わっても自分は(求めていないのに)同じ扱われ方をするのか

「一緒にいる時間は、もっと自分のために使ってほしい」と要求される。

「君ならもっとできるでしょ」と、実力以上の期待をかけられ続ける。

強く言われたり、怒られたり、行動を制限されたりする。

こういうことが何度も起きる人がいる。

もちろん、要求することや怒ることを選んでいるのは相手である。ただ、少し不思議なのは、その相手が誰に対しても同じように振る舞っているとは限らない一方で、扱われる側は相手が変わっても似た関係になることがあるということだ。

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学問上の呼び名

心理学には、これを考えるうえで「対人相補性(interpersonal complementarity)」という考え方がある。

自分の振る舞いが相手の振る舞いを誘発し、その振る舞いがまた自分の振る舞いを誘発する。

そうやって二人の間に、少しずつ「いつもの関係」ができていくという原理。

この用語の具体的な解説

対人相補性(Interpersonal Complementarity)

  • 対人相補性とは、対人関係において、ある人の行動が、それと対応する特定の行動を相手から引き出しやすいという考え方である。
  • 代表的には、人の対人行動を「支配―服従」と「友好―敵対」のような軸で捉える。
  • たとえば「支配的に振る舞う」という行動は、相手の「服従的な振る舞い」を引き出しやすい。逆に、相手が服従的に振る舞うことで、当人の支配的な振る舞いも維持・強化されやすくなる。
  • したがって、対人関係は必ずしもそれぞれの人が元々持っている性格だけによって決まるものではない。

出自

  • 対人相補性は、20世紀中頃から発展した**対人関係理論(interpersonal theory)**の系譜にある。
  • 特に重要なのが、精神科医 Harry Stack Sullivan の対人関係論と、それをもとに Timothy Leary らが1950年代に発展させた対人行動の分類である。
  • その後、対人行動を円環状に配置する Interpersonal Circumplex(対人円環モデル) が発展した。

図・資料

重要な点

  • 対人相補性は、「支配的な人」と「服従的な人」が偶然出会うという話だけではない。
  • 二人の相互作用そのものによって、**「この人といると、自分は支配的になる」「この人といると、自分は従うようになる」**という状態が生まれうる、という点に特徴がある。
  • そのため、同じ人物でも相手によって異なる振る舞いを見せることがある。
  • また、ある人が関係の初期に似た応答を繰り返す場合、相手が変わっても似た相互作用パターンが形成される可能性がある。
  • 対人相補性の中心にあるのは、二者の行動が互いに対応する行動を引き出すという、相互作用そのものである。

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一つひとつの行動そのものには、メリットがあることが問題を難しくしている

この循環が厄介なのは、本人がわざわざ嫌な関係を選んでいるわけではないことだ。

  • たとえば、相手から過剰に期待されたときに「まあ、やってみる」「期待してくれているんだから応えよう」と返す。
  • 自分との時間をもっと優先してほしいと言われて、「不安にさせたくないから、予定を変えよう」と応じる。

強く責められれば、これ以上揉めないように謝る。

どれも、その瞬間だけを見れば合理的である。

期待に応えれば喜ばれる。

予定を変えれば安心してくれる。

謝れば怒りは収まる。

つまり、

長期的には欲しくない関係をつくる行動が、短期的にはちゃんと役に立ってしまっている。

学習心理学では、不快な状態がなくなることで直前の行動が増えることを「負の強化」と呼ぶ。

強く言われる → 従う → 圧力が収まる。

この経験を繰り返せば、「従う」は本人にとって有効な対処として残りやすい。

同時に相手も、

  • 強く要求する → 応えてもらえる
  • 強く期待する → 頑張ってもらえる
  • 怒る → 行動を変えてもらえる

という経験をしている。

一つのやり取りによって、二人が同時に相手の行動を強化している。

悪循環の再現性を2人で構築している。

その結果、最初は小さかった要求や期待が、関係の中で少しずつ大きくなっていくことがある。

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「何をされたか」より、その最初に何をしたか

だから、同じような扱われ方が繰り返されるとき、「なぜこういう人ばかり寄ってくるのか」だけを考えても見えないことがある。

むしろ観察したいのは、もっと小さな初動。

相手が初めて少し強く要求してきたとき。

自分の能力以上の期待を初めて置いてきたとき。

自分の時間を相手のために変更するよう求めてきたとき。

そのとき、自分はどう受け答え、何をしたのか。

  • 説明したのか。
  • 応えようとしたのか。
  • 予定を変えたのか。
  • 嫌だったけれど笑って受け入れたのか。
  • できないとは言わず、期待だけを残したのか。

問題なのは、それらの行動自体が悪いことではない。

大切なのは、**「その応答によって、相手に何が有効だと学習させたのか」**を見ること。

嫌な関係を繰り返している人が、嫌な結果を選んでいるわけではない。

むしろ、その場その場ではうまく機能する「振る舞い」を繰り返した結果、長期的には望んでいない「関係」が出来上がっていることが多い。

だとすれば、変える対象は「付き合う人」だけではない。

関係がまだ何者でもないうちに、自分が相手の最初の一手にどう返しているのか。

そこに、関係の再現性を変える入口がある。