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創造力の医者シリーズ:記憶と学習は、必ずしも対応関係にはない

自分の体や感情が反応するルールをつくった”過去の経験”、それを人はうまく追憶できないことがある。

この知恵で考えられること

自分の体や感情が反応するルールをつくった”過去の経験”、それを人はうまく追憶できないことがある。

自分の体や感情が反応するルールをつくった”過去の経験”、それを人はうまく追憶できないことがある。

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説明不可能な自分に出会うと理由を探す。

そんな時の処方箋を書く。

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脳の解説

記憶と学習は、必ずしも同じものではない

自分の過去を一つの記録として持っているように感じている。

脳では、「何があったかを思い出すこと」「その経験によって次の行動が変わること」は同じ仕組みではない。

経験によって形成された反応や判断傾向が残ることがある。

それが働いている時、理由は説明できない。でも、NOだけは明確に存在する。という状態になる。

意識できる自己理解は言葉で納得すればチョロ任せてしまっているともいえる。

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強いストレスのあと、過去の解像度が荒くなることがある

Overgeneral Autobiographical Memory(過度に一般化された自伝的記憶)という言葉で研究されている分野がある。

めちゃおもろいし、脳に存在する機能だと思っています。

自伝的記憶とは、自分自身の人生についての記憶。

「あの時期はずっと大変だった」

「昔からそういうことが多かった」

という大きな塊としてしか取り出せない記憶のこと。

記憶そのものは完全に消えていない。

アクセスしたときに得られる解像度が荒い。

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それは自己防衛になる

OGMが形成され維持される理由としてFunctional Avoidance(機能的回避)がある。

具体的に辿ることが強い苦痛につながる。

だから頭の検索を具体的には進めない。

細部まで思い出さない合理性。

故障というより脳みそが持つ免疫。

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学習したアルゴリズムは残る

強いストレス経験が起こる。

脳は「こういう条件では危険が起こる」という予測を学習する。

記憶自体は荒くしか取り出さない分類になる。

その条件に似たものを危険として扱う。

(threat generalization、脅威の一般化)

危険を避けると、不快や緊張が下がる。

これは脳みそにとって餌になる。

有効な戦略として学習が強化される。

(avoidance learning、回避学習)

最近のAIと同様。

仕組みとして動いているけれど、その原因は取り出せないアルゴリズムとなる。

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自分の説明と自分の反応がずれ始める

「絶対にやりたくない」という反応がある。

「なぜ?」と聞かれても不明。

その経験には十分アクセスできない。

それでも人は自分を理解し説明する。

アクセスできる材料から説明をつくる。

「私はooなんだな。ooなんですよね。」

本当にそうかもしれない。

ただ、漠然としている場合はそこそこな確立で過学習の何かか、流しているか。

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処方箋

「NO」のwhyよりwhat。

説明できないNOは診察の入口にする。

「why?なぜ?」ではなく

「what?なんだこれ?」。

正しい初期対応。

>>結構、嫌なNOか?

>>どこからNOだろう?

>>なんか条件変わるといけそうか?

>>あれ、いつ始まった嫌悪感だ?

>>似てて平気なケースあったな?

診断を早まる医者はヤブ医者。

触診、問診、CT、ご家族へのヒアリング。

NOが発生する条件の境界線。

それがNOのwhat。

それが見えたら、

「どこで覚えたんや、そんなこと〜」

というお母さんタイムが意味を成す。

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「隠された記憶」を発見する必要はない

ここ要注意。人間の記憶は荒い。

データを取得ではない。

都度、再構成される仕組みである。

“真実の記憶”・”当時の本音”

その採掘に意味はない。

気持ち良くなるだけ。

または気持ち悪くなるだけ。

(これも違うタイプのヤブ医者になりえる)

>>あぁ〜あの時のアレ関係してそう〜。

>>あんま思い出せねえや。

で十分。

現在の自分が、確かにこれに反応している。

という事実以外は確からしくない。

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そのNOのwhat、それは今後も危機判断として使うか。

動いている仕組みが分かれば、

「今後も使うべき判断の仕方なのか」

それを考えることが脳には効く。

(このやり方のことを認知療法と呼んだりする)

アンラーンとも言われるけれど、

シールの貼り直し

みたいなイメージが近い。

しっかり分析して向き合って、

それを忘れるのは無理がある。

「昔のものだから捨てる」

あんまり現実的ではない。

>>当時は必要だったな〜。

>>それでxxの危機回避してたなー。

>>まあ、こういう時は変えていいかな。

危険判定を適用する、

その範囲を狭めるイメージ。

過剰適用を避ける。

手放す感があるノリが好きならそれでおk。

アンラーンこそ学習なので、

学べてれば良い。

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暗い話ばかりでもない

拒否反応や嫌悪に焦点がある書き方をした。

そっちの方が困ることが多いから。

ポジティブ系も同じメカニズムで不明がある。

なんか布触ってるの好き。

あいつがいると、もう楽しい。

今日はクソ捗るな。

そっちも似た分析と学び方がある。

図書館が集中できるもんだと思ってたボーイが、ガヤガヤのサイゼリアが集中できたりする。

実家では兄弟が喚き暴れる中、居間で宿題してたらしい。

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まとめ?

創造力の医者シリーズを書いてみている。

自分が説明できる自分を、

自分と思うのは結構無理があるなーと思う。

要らないのに勝手に爪伸びる。

私自身は、上手く説明できない力でどうにか成りまくってるし、上手く説明できない性質で迷惑をかけまくって来ている自負がある。

人間の反応・選択は

思い出せる過去だけ以外も、

なんか効いてしまう。

それくらい脳みそは賢い。

自分の本質的な欲求の名付け親。

なんかそれになりがち。

それはそれとして誤診は怖いよね。という話

過去も踏まえつつ、

着眼点は現在の自分にあるべき派。

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