この知恵で考えられること
アニマルウェルフェア(動物福祉)系は苦痛感受能力があるか?が対象たるかの線引きなんだけど、そもそも線を引く目的と価値があんまりわかってなかった。
なぜ深い大義のある団体こそ、いつも極端で、実態の指標がズレるのか。
思考のトリガー
なぜ人間は「実行」よりも先に「正当化」にこんなコストを払うのか。
アニマルウェルフェア(動物福祉)系は苦痛感受能力があるか?が対象たるかの線引きなんだけど、そもそも線を引く目的と価値があんまりわかってなかった。
そもそも痛覚の証明自体の定義が結構曖昧だしめっちゃ金かかる。
自分という個人も、ある種似た構造に直ぐに陥って正当化コストに過剰になる自分がいる。
一次理解
ちょい構図がわかってきた。
大義を持ちがちでコストがかかるおよそは、
- 自己矛盾を避ける
- 説明性を維持する
っていうこの二つが働いていて線引きが作られやすい。
二次理解
「戦略的に合意を重んじて集団で何かを進めること」を前提にしたセオリーとしては、多分今後も有効そう。
それ系はもろもろ崩れるというか個の解釈による実権が強くなるので再定義が進みそう。
同じ大きな像に向かうために同じ定義や解釈を押し付ける形式はコストが高く多所属制の反対になりやすい。
それゆえに方法論の有効性は残るけど、巨大強力構図型への参加者自体が減っていくから勢力が減っていきそう。
ってように大局としては見える気がする。
一次疑問にもっかい迫る
気になってしまうこと・AI整理で気になったメモ
そもそもなぜそんなにも正当化の必要性があるのか。
明確にしないと、「牛は守るのに魚は?」「魚は守るのにエビは?」「エビは守るのに昆虫は?」みたいな問いに答えられなくなる。
自分で動かない界隈からの嫉妬がウザいだけではって思ってしまった。
だから多くの大義系組織は、理念が先にある、説明責任が発生する、境界条件を定義する、境界条件が目的化する、現実とのズレが生まれるという流れを辿りやすい。
んー。だからみんながアートに行ったり稼いで自分の金で殴る笑うなーとも思うなー。
あなたが見ている変化はさらにその先で、合意形成コストが上がりすぎている
そう。活動の仕方の指摘とかではなく、なんでここまで歪にならなければ動けないのか。というところ。
共通定義を維持するコストが爆発的に上がる。だから今後弱くなるのは、「大きな理念」ではなく、大きな理念のために全員が同じ解釈を持つべきだ。という構造かもしれません。
「苦痛感受能力をどう定義するか」で一致しなくても、蹄病を減らす、熱ストレスを減らす、分娩事故を減らすという実践は共有できる。
巨大な共通目的に向かうために解釈を統一するのではなく、それぞれが異なる目的を持ちながらも、共存できる実践やプロトコルを整備する方向。
だから勢力が減るというより、「理念中心の組織」から「実践中心のネットワーク」への重心移動と見ることもできそうです。
めっちゃそう思うなー。実行が大変であらすぎるという前提の起こしている現象だと思う。
一次疑問の特定
実行より前に、定義、包摂範囲、理念、正当性を整備しなければならない。だからどんどん歪になる。
参加していない人間にも説明責任を負う構造が近い気がする。
ボトルネックが実行能力ではなく合意形成能力に移行している。だから組織は説明にエネルギーを使い始める。
うむ。このコストだけ下げれば世界は動くんだけどなー。秩序問題も起きる気はするけどそここそ技術と法律で十分。
昔の世界は実行資源が希少だった。だから中央集権が強かった。
今はむしろ合意が希少になっている。だから中央集権のコストが上がっている。
その結果として起きているのが、あなたの言う同じ大きな像に向かうために同じ定義や解釈を押し付ける形式から、実際にやっていることが接続される形式への移行なんじゃないか。
実践同士を接続するネットワークの方が安くなり始めた、ということなのかもしれません。
めっちゃそう思うな。んで、この世界移行そのものの実態への解像度が数年はズレ続けるのでそこもケアしないとね。
